生産性向上は指さし確認から 鉄道流、焦り抑える
電車の運転士や車掌が信号を指さして確認している姿を見たことはないだろうか。業界用語では指差喚呼(しさかんこ)と呼ばれ、近年では鉄道以外の業界でもエラー防止につながる効果があると指摘されている。指差喚呼の有効性を科学的に検証した鉄道総合技術研究所(東京都国分寺市)の副主任研究員、佐藤文紀さんに聞いた。
――指差喚呼は具体的にどんな場面で効果を発揮するのでしょうか。
「まず指差喚呼とは、ある対象物を確認したり操作したりするために指を差すとともに、その状態や操作した内容について声を出して確認することだ。例えば、パソコンを使って事務作業をしていく場合、データを打ち間違えていないかどうかを確認する時に効果を発揮するだろう」
「エラーを防ぐためにも、焦っている場合にこそ指差喚呼をした方がいい。照明スイッチの消し忘れやドアを施錠したかどうかを確認する上でも、指差喚呼は有効に働くだろう。私自身も道路を渡る時、左右の安全確認のために指差喚呼をしている」
――指差喚呼をすることで、どのような効果が得られるのですか。
「無数の点を制限時間内に数えるという実験がある。指差喚呼をした時と、そうでない場合で数を読み間違えた回数を比べてみると、前者の方が明らかに少なかった。この実験では性別による違いは特にみられなかった」
「指差喚呼をすればエラーを防ぐことにつながる。その理由として次の5つが挙げられる。1つ目については、対象物に指を差すということはその対象物に近づき、刺激を正確かつ鮮明に網膜に伝えられるということだ。2つ目は指を差す行為には時間がかかる。このわずかな時間があることで、気持ちを抑えて、焦ってしまう状態になることを防ぐことができる」
「3つ目は名称を思い出して言葉として発することから、記憶に残りやすいということがある。そして4つ目は指を差すことと、声を出すということを併せて実施することは視覚や聴覚を使うことから、対象物への認知の精度を高めることにつながり、エラーにも気付きやすくなる」
「最後の5つ目は、あごや手、腕を動かすことによって大脳の活動レベルを上げることにつながるということだ。眠たい時に指差喚呼をすれば、有効に機能しそうだ」
――指差喚呼をする上でコツはありますか。
「指差喚呼を全力でやる必要はないということだ。全力でやると疲れてしまい、結果としてエラーが起きる恐れがあるためで、実際にこれを検証した実験がある」
「指差喚呼の実験のパターンは(1)自分のやり方で実施(2)全力実施(3)指差喚呼をしない場合――の3つがある。エラーが起きた状況を確認したところ、一番エラーが多かったのが(2)だった。一方、最もエラーが少なかったのは(1)だった」
――声を出すのは、周囲の視線が気になるという人もいるのでは。
「声の大きさは、自分に言い聞かせる程度でいい。あくまで指差喚呼をするということはエラーを防ぐことが目的であって、声の大きさ次第でエラーの頻度が変わるということはない。しかも、必ずしも正確に言わなければならないというわけでもない。指差しをする時の腕の角度についても、気にする必要はない」
――そもそも指差喚呼は、いつごろ始まったのでしょうか。
「文献ではっきりと残っているわけではないが、明治時代から鉄道会社では導入されていたようだ。日本独特の慣例で、旧国鉄時代から指差喚呼が実施されており、マニュアルもある。例えば、電車がホームに到着してから次に出発するまでの間に車掌がしなければならない指差喚呼は、電車の停止位置や発車信号の確認など、10程度に及んでいる」
「当研究所は1996年から指差喚呼の研究を始めた。その時点で指差喚呼の有効性は確認できたが、2008年ごろから再び検証を始めた。既に説明したように、検証で指差喚呼によるエラー防止効果の解明につなげることができた」
――鉄道以外の業界でも、指差喚呼は導入されているのですか。
「建設などインフラ関係の業界では導入されているようだ。当研究所が数年前に製作した、指差喚呼の効用などを盛り込んだDVDはこれまでに500枚程度が販売された。効果が浸透しつつあるという手応えは感じている」
(聞き手は企業報道部 岩本圭剛)
[日経産業新聞 2018年7月2日付]
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