菊地被告に懲役5年 オウム都庁爆弾事件で東京地裁
1995年の東京都庁小包爆弾事件に関与したとして、殺人未遂ほう助罪などに問われたオウム真理教元信者、菊地直子被告(42)の裁判員裁判で、東京地裁(杉山慎治裁判長)は30日、懲役5年(求刑懲役7年)を言い渡した。杉山裁判長は「多くの人を殺傷できる物質を作る危険性を認識しながら薬品を運び、事件に大きく貢献した」と述べた。弁護側は即日控訴した。
菊地被告は殺人に使われると知りながら爆薬原料の薬品を運んだとして起訴された。同被告のほう助の意思を示す直接証拠はなく、弁護側は「薬品は運んだが爆薬に使われるとは知らなかった」と無罪を訴え、菊地被告の認識が争点だった。
杉山裁判長は判決理由で、菊地被告に爆薬を見せてねぎらいの言葉をかけたり、菊地被告が火薬製造を手伝うのを見たりしたという教団元幹部、井上嘉浩死刑囚(44)の証言の信用性を評価。「運んだ薬品で危険な化合物を製造すると容易に認識しえた」と判断した。
その上で、教団施設への強制捜査などから「地下鉄サリン事件の関与が疑われ、教団が追い詰められている状況をわかっていた」と指摘。井上死刑囚らが元教団代表、松本智津夫死刑囚(麻原彰晃、59)の逮捕を阻止するため「人の殺傷を含む活動をしようとしていると認識していた」と判断した。
一方で、「爆発物がつくられるとまでの認識はなかった」として、爆発物取締罰則違反ほう助罪は無罪とした。
判決によると、菊地被告は95年4~5月、当時の都知事らの殺害計画を知りながら爆薬原料となる薬品を山梨県内の教団施設から都内のアジトに運んだ。同年5月、爆弾を仕掛けた小包が都庁内で爆発し、男性職員が重傷を負った。