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徳川家康(1)出生乱離の巻
徳川家康(1)出生乱離の巻

[シリーズ]徳川家康#00001[レーベル]山岡荘八歴史文庫
[著]山岡荘八
[発行]講談社

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詳細

【 著者プロフィール 】

 山岡 荘八(やまおか そうはち)
 1907〜1978
 1月11日新潟県生まれ。14歳で上京の後、長谷川伸に師事。昭和13年懸賞小説に入選し文壇デビュー。昭和25年から新聞に連載開始した『徳川家康』によって国民作家となる。同作品で第2回吉川英治文学賞を受賞。
 18年がかりで完成したこの大河小説は「経営のトラの巻」としても幅広い読者を獲得、3000万部突破という戦後最大のベストセラーになる。他に『伊達政宗』『小説太平洋戦争』など。

【 解説 】

 竹千代(家康)が生まれた年、信玄は22歳、謙信は13歳、信長は9歳であった。動乱期の英傑が天下制覇の夢を抱くさなかの誕生。それは弱小松平党にとっては希望の星であった――剛毅と希望を兼ね備えて泰平の世を拓いた名将家康の生涯を描いて、現代人の心に永遠の感動を刻む世紀のベストセラーの第1巻、ついに電子書籍に!

【 目次 】

暁以前
春告鳥
雨の蕾
春陽
馬蹄のあと
女性の歌
罠と罠
乱れ萩
小豆坂
今生未来
冬来たりなば
照る日、曇る日
塵土の嘆き
輪廻
謀略
戦国夫婦
秋雷
別離
希望の梅
お湯殿問答
想夫憐
桜ぶろ
春雷の宴

【 抄録 】

 武田信玄は二十一歳。
 上杉謙信は十二歳。
 織田信長は八歳。
 後の平民太閤、豊臣秀吉はしなびた垢面(こうめん)の六歳の小童だった。
 この年、天文(てんぶん)十年――
 一衣帯水(いちいたいすい)の海の彼方は明(みん)の時代、ヨーロッパではチャールス五世が、フランシス一世に開戦を宣してフランスに侵入し、ヘンリー八世はアイルランドの王位を得て、スコットランド王ジェームスを除かんと虎視眈々(こしたんたん)爪牙(そうが)を矯(た)めるという西暦一五四一年。
 西も東も、おなじ戦国の風雲につつまれた十六世紀中葉の、わが三州岡崎城の奥であった。
 季節は冬。といってもすでに年は越して正月だったが、今年の気候はいつもより温く、伊勢の東条持広から贈られた庭の柑橘(かんきつ)の実は金色にいろづいて、甘い芳香をあたりいっぱいに撒(ま)きちらしていた。
 その香をしたって来るのだろうか。今年は庭に小鳥が多い。十六歳になった若い城主松平次郎三郎広忠はその小鳥に射(い)かけるような視線を投げて、もう半刻も黙っている。
 去年の桃の季節に生れた長子の勘六が、時々陽(ひ)だまりから膝のほとりに這いよって、この若い父親の苦悩をきょとんと見上げてゆく。
 広忠より二つ年上のお久(ひさ)の方はそのたびに、胸の中を冷い風に吹きぬかれた。
「まだ、ご決心はつきませぬか」
 十五歳で十三歳の広忠の側女(そばめ)にあげられたお久の方は、同じ一族の松平左近乗正の娘であった。それがすでに子供を産んで十八歳になっている。どこか淋しい白椿の風姿であったが、それでもめっきり艶冶(えんや)さを加え、侍女をしりぞけて三人ここにこうしていると、それは親子というより、姉が弟をさとしているように見えた。
「お屋形(やかた)が素直にご承知くださいませぬと、久がきびしく責められます。老職の方々は、久の嫉妬がお屋形のご決心をにぶらす因(もと)と噂(うわさ)して居りますそうな」
「お久――」
「はい」
「そなたは何故その噂どおりに嫉妬せぬ。いずれは正室(せいしつ)との約束で予(よ)と契(ちぎ)った……それを、そなたは忘れたのか」
「と、申しましても、お家のため一族のためでございますもの」
 お久はそういうと、這い寄るわが子をそっと抱きあげ、
「それに、於大(おだい)さまは、海道一の嫋女(たおやめ)と、近隣に聞えたご器量のお方。快くお迎えなされて老職がたを安堵(あんど)させてあげて下さりませ」
 広忠はきっとお久を振りかえった。蒼白な細面に若い憤怒がピクピクと動いている。
「すると、そなたもこの広忠に、敵の娘をめとってそれに仕えよと申すのかッ」
「おん家のためでございますもの」
「言うなッ」広忠はぴしりと強く膝を叩いた。がしかし、その強い語気もそれきりで、悲しい沈黙がまたつづいた。いつか薄く瞼がうるんでいる。
「於大はのう、予のためには継母華陽院(けよういん)の腹をいためた娘ではないか。予にとっては敵の娘で、しかも義妹。いかに生くるためとはいえ、わが妹を娶(めと)るというは……」
 広忠の声がかすれると、
「何ごとも、おん家のためでございます」
 もう一度感情を殺しきった無感動なお久の声がシンとひびいた。


*この続きは製品版でお楽しみください。