子宮頸がんの原因として知られるヒトパピローマウイルス(HPV)は、男性の中咽頭がんのほか、さまざまながんの原因にもなる。これらの予防には、何と言っても「HPVワクチン」の接種が重要となる。日本産科婦人科学会と日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が2022年11月に開催したメディア向けのセミナーから、横浜市立大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教授の折舘伸彦氏による「HPVワクチンの男性への接種の現状と展望」の内容をお届けする。
(写真はイメージ=PIXTA)
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男性のHPVワクチン接種に大きなメリット

 子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)は、女性の外陰がんや膣がん、男性の陰茎がんのほか、男女に共通する肛門がん、中咽頭がんなどの原因にもなる。そして前回、このうち男性の中咽頭がんが国内外で急増している現状について解説した。

 HPV関連のがんを予防するためには、「HPVワクチン」を接種してHPVへの感染を防ぐことが何よりも重要だ。

 日本でのHPVワクチンの定期接種の対象は、現時点では小学校6年生から高校1年生に相当する女性のみ。しかも、2022年3月まで、約9年にわたって定期接種の積極的勧奨が差し控えられていた。一方、海外では女性だけでなく、男性にもHPVワクチンの定期接種を進める国が増えているという。

折舘氏の発表資料より作成(2022年8月時点)
折舘氏の発表資料より作成(2022年8月時点)

 なぜ、男性にもHPVワクチンの接種が必要なのか。折舘氏は、「男性にHPVワクチンを接種すると、女性のHPV感染がさらに減少すること」、そして「男性の中咽頭がんなどが減少すること」という2つの理由を挙げ、それぞれについて海外の論文や統計データを紹介しながら、男性のHPVワクチン接種の重要性を訴えた。

 「1つ目の理由として、男性のHPVワクチン接種が進むと、女性のHPV感染がさらに減少することが期待できます。もちろん、女性のHPVワクチン接種率の向上が第一優先となりますが、男女ともに接種が進めば集団免疫効果によって、子宮頸がんの減少にも寄与できると考えられます」(折舘氏)

 折舘氏はそう話し、HPVワクチン接種が進むことで、HPV感染の相対減少率がどの程度になるかを予測した海外の論文(*1)を紹介した。

 この論文のシミュレーションでは、女性が12歳でHPVワクチンを接種し、接種率40%を維持した場合、70年後のHPV感染の相対減少率は、子宮頸がんになるリスクの高いHPV16型で53%になると推定されている。「女性のみの接種であっても、男性のHPV16型の感染率も35%程度減少すると見込まれます」(折舘氏)

 「もし男性もHPVワクチンを接種し、男女ともに接種率40%を維持した場合には、女性のHPV感染の相対減少率はさらに18%上乗せされて71%、男性で35%上乗せされて70%になると推定されます。合算すれば、HPV16型の相対感染率は75%程度の減少効果が認められるという結果になります」(折舘氏)

 なお、女性のみの接種でも、接種率80%を維持できれば、HPV感染の相対減少率は93%となり、男性の相対減少率も85%になるという。

 そして、男女とも接種率80%を維持できれば、HPV16型感染の相対減少率はほぼ100%となり、これは「エリミネーション(撲滅)」と呼ばれる状態を達成したことになる。つまり、ワクチンによる集団免疫の効果で、ウイルス感染を完全に抑え込むことに成功した状態だ。

*1 Brisson M et al. Lancet Public Health. 2016, 1:e8-e17.

海外には男女とも接種率約80%の国も

 現在、日本のHPVワクチン接種率は、女性で約7%にとどまっており、男女ともに80%は非常に厳しいと思われる。だが、HPVワクチンの定期接種を男女ともに進めている欧米諸国では、すでにこの数字を達成している国がある。

 先ほどの表を見ると、オーストラリアでは女性の接種率(完遂率)が81.8%で、男性は78.8%。カナダでは女性が87%で、男性が73%。イギリスでは女性が82.8%、男性が77.5%と、ほぼ80%に到達している。

 「注目すべきは、この3カ国は学校で集団接種を行っているという点です。日本と同様に医療機関での個別接種となっているアメリカでは、80%の接種率を国家目標としているものの、60%程度の接種率となっています。HPVワクチンの接種率を上げるには、学校での集団接種が非常に効果的と考えられ、実施方法の検討が望まれます」(折舘氏)

 なお、日本では現在、子宮頸がんになるリスクの高いHPV16型と18型の感染を防ぐ2価ワクチンと、尖圭コンジローマのリスクになる6型と11型の感染も防ぐ4価ワクチンが、国の定期接種として導入されている。2023年4月からは、さらに5つの型(31、33、45、52、58型)を加えた9価ワクチンの定期接種化も予定されている。

男性の中咽頭がんの予防効果も高い

 男性にもHPVワクチンの接種が必要な2つ目の理由として、折舘氏は「男性自身にも接種のメリットがある」ことを挙げた。男性のHPVワクチン接種が進むことで、口腔内のHPV感染が予防できれば、HPV関連の男性の中咽頭がんが予防できると考えられるのだ。

 米国のある論文(*2)で、がんを起こすリスクが高いHPVの口腔内の感染率を見ると、いずれも20代後半と50代半ばあたりに増加のピークがあることがわかる。一方、中咽頭がんの発生数は10万人当たり20例で、40代半ばごろから徐々に増加していく。

HPVの口腔内の感染率(米国)
HPVの口腔内の感染率(米国)
中咽頭がんの発生数(米国)
中咽頭がんの発生数(米国)

 「そこで、男性へのHPVワクチン接種によって、20代でのHPV感染の増加のピークを潰すことができれば、数十年後に現れるかもしれないHPV関連の中咽頭がんを抑制できるのではないかと推察しています」(折舘氏)

*2 Gillison ML et al. J Clin Oncol. 2015, 33:3235-42.

子どもや孫の世代のためにワクチン接種を

 それでは、男性にもワクチン接種を進めた場合、中咽頭がんはどの程度抑えられるのだろうか。米国人男性を対象としたある研究では、数理モデルを用いたシミュレーションのデータが報告されている(*3)。

 HPVワクチンの接種率を、米国人の女性で60%程度、男性で50%超とした場合、中咽頭がんの発生率は、2030年の半ばあたりにピークを迎え、男性10万人当たり9.8例程度となり、その後は徐々に減少に転じて、2100年に4~5例になると予測されているという。

 「この論文では、男女とも接種率を80%、そして100%に向上させることができれば、さらに男性の中咽頭がんの発生率を下げられることが示されています」(折舘氏)

 こうしたデータをもとに、HPVワクチン接種によってどの程度、男性の中咽頭がんの発生を抑えられるかを試算すると、男女ともに60%の接種率であっても、米国での発生数は累計で79万人程度減少させることができ、100%の接種率が可能になれば、93万人程度の減少が見込めるという。

 なお、こうしたシミュレーションを参考にすると、日本でHPVワクチン接種を進めた場合、中咽頭がんの発生率が目に見えて減少してくるのは2060年ごろからで、2080年、2100年になるにつれてより明確に減少していく、と折舘氏は話す。「つまり、今、ワクチン接種を進めることは、私たちのためではなく、子や孫の世代のために必要な施策なのです」(折舘氏)

 前回解説した通り、中咽頭がんは早期発見・早期治療が難しいため、HPVワクチン接種による1次予防が重要だ。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は、日本産科婦人科学会などの関連学会とともに、男女区別なくHPVワクチンの定期接種化を進めるよう、国に要望していくという。子宮頸がんだけでなく、HPV関連中咽頭がんの撲滅のためにも、その実現が期待される。

*3 Damgacioglu H et al. Lancet Reg Health Am. 2022, 8:100143.

(グラフ制作:増田真一)

折舘伸彦(おりだて のぶひこ)氏
横浜市立大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教授
折舘伸彦(おりだて のぶひこ)氏 1988年北海道大学医学部医学科卒業。北海道大学大学院医学研究科博士課程修了後、同大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野准教授などを経て、2013年から現職。2022年日本喉頭科学会理事長に就任。

[日経Gooday(グッデイ)2023年3月2日掲載]情報は掲載時点のものです。

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