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先月11日、京都市中京区の世界遺産・二条城。米航空宇宙局(NASA)のビル・ネルソン長官が、門川大作市長の案内で、大政奉還の舞台になった二の丸御殿の大広間を見学していた。「日本文化を感じたい」と、京都大での講演後に足を運んだ。
ネルソン長官は「京都は見所がたくさんある。時間が全然足りない」と感激した様子だった。
コロナ禍で一時、外国人観光客は途絶えたが、京都のブランド力は強い。官民一丸で文化庁を誘致してきた京都府や京都市、京都商工会議所は、移転を機に「文化首都」としての発信力が増すと期待する。東京が日本の政治経済の中心なら、文化の中心は京都だという自負がある。
秋には移転を記念した大規模イベントを開き、若手芸術家の支援などを進める。西陣織や清水焼といった伝統工芸の技術を商品開発に生かすなどして新産業を創り出し、国際会議の誘致にもつなげたい考えだ。
京都を本拠とする利点は何か。文化庁も京都府、京都市もこぞって、伝統や文化が息づく「現場」との距離が近くなることを挙げる。京都には貴重な文化財だけでなく、茶道や華道の家元も集積する。祇園祭などの伝統行事も身近な存在だ。
「文化庁の職員は、日本の文化を自然に浴びることになる。文化行政を考えるのに大きな力になる」。誘致の先頭に立った山田啓二前知事はそう指摘する。
移転決定後、2017年から先遣隊として活動する「地域文化創生本部」は、茶華道、和装などの「生活文化」の全国調査に力を入れてきた。美術・工芸品や建造物に比べ、保護の意識が乏しかった分野だ。文化庁本体がその2年前から調査に着手していたが、移転を見越して「現場」の近くでやろうと考えた。
生活文化の成立の経緯を文献で調べ、担い手へのヒアリングや愛好者らの意識調査も行って、具体的な保存、活用策を検討する。
移転の効果を大きくするには、地元自治体や民間の意見を聞くことも重要だ。
京料理の老舗「たん熊北店」3代目主人の栗栖正博さん(65)は、現場から声を上げることの大切さを実感した一人だ。十数年前、和食のユネスコ文化遺産登録を目指して文化庁に嘆願書を出したが、「食の担当はいない」と門前払いにされた。力になってくれたのは農林水産省で、13年に登録が実現した。
これを機に国際的な和食ブームが起こり、文化庁は20年に食文化担当の参事官を新設した。昨年11月に「京料理」が国の無形文化財に登録された際には、事前に担当者が京都入りして熱心に老舗店を回り、調理技術などを調査したという。
日本料理を出す料亭は16年までの30年間で93%減の675店。栗栖さんは「継承に向けどんな取り組みができるか、文化庁に相談したい。職員に保存団体の会議にも出席してもらえれば」と期待する。
自治体との連携では、先行事例もある。徳島県に消費者政策の研究拠点が移転した消費者庁は、県などと協力して事業を進める。高齢者や障害者が高額契約を結ぶトラブルを防止するため、宅配事業者らが目を配る「見守りネットワーク」の取り組みは19年3月までに県内の全24市町村で始めた。今は沖縄を除く46都道府県の計411市町村で導入されている。消費者庁の担当者は「まず徳島で試し、全国に広げる好循環ができている」と手応えを語る。
文化政策の方針を決める文化審議会委員の河島伸子・同志社大教授(文化政策論)は「文化庁は京都のために来るわけではなく、移転の効果は全国に波及させる必要がある」とした上で、「京都は以前にも増して文化を通じた街づくりを進め、積極的にモデルを示してほしい。文化庁側も現場の肌感覚を共有し、東京とは違う『地方の視点』が入った政策を進めるべきだ」と強調する。