国宝 平家納経 リズミカルな流動美=島谷弘幸

 装飾経にはさまざまなものが伝存するが、「平家納経」はその中で平清盛の願文に「善を尽くし、美を尽くし」とあるように最も華麗な経巻である。その装飾に目を奪われがちであるが、書の美しさにも注目してもらいたい。

 「平家納経」は、専門に経典を書写する経師、能書の人々、そして発願者の自筆と、書写を担当した人物はさまざまである。この「方便品」は能書の筆跡で、この筆者は「化城喩品」「普門品」とこの巻の3巻を担当している。筆をやや右に傾けた側筆の筆法で、右肩上がりの特徴的な字形で書写している。リズミカルな流動美を展開しており、実に個性的な書である。書道の歴史に詳しい人なら、世尊寺家の5代目の当主たる藤原定信(1088年~没年不詳)の書風に似ているとお分かりであろう。

 彼は一人で一切経を書写した人物として著名で、右肩上がりの書体で書く「定信様」という写経の一典型の書風として、長く人々の尊重、追慕を受けたことが知られる。彼は、久寿元(1154)年の年末から消息を絶っていることから、この「平家納経」奉納時には、すでに逝去していたものと思われる。とすれば定信ならぬ誰がその筆をとりうるのかを考えると、次の候補は定信の子伊行(生没年不詳)となる。彼には、「戊辰切本和漢朗…

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