焦点:中国の汚染取り締まり、内陸部が食らう「ダブルパンチ」

[安陽/桑坡(中国河南省) 24日 ロイター] - 中国内陸部の産業地帯は長年の間、経済を築き上げるのに必要なセメントや鉄鋼を生産する無数の工場から出る汚染物質が招いた、大気や水路の汚染に悩まされてきた。
公衆衛生上の一大問題となったこの課題に取り組むため、当局は汚染産業への取り締まりを強化。人口約1億人、数百の工業の町を抱える河南省などが、その対象となった。
河南省全域の工場所有者や実業家、顧客や労働者への取材によって、こうした取り締まりが、汚染産業に依存している町や都市の経済に打撃を与えている実態が浮かび上がった。
河南省の製造業は特に、新たな環境規制の影響を強く受けており、中国の経済減速や米国との過酷な貿易戦争による圧力とも相まって、苦境に立たされている。
市民に健康的な環境を提供すること、そして沿岸部に比べて発展が遅れた地域で経済成長の維持を両立させる困難さも浮き彫りにした。
中国は、環境取り締まり強化によるコストの統計を公表していないが、短期的な痛みは、経済の「アップグレード」を通じた長期的成長につながる、と考えている。
中国国務院(内閣に相当)の情報担当部局に対して新規制の経済的影響について質問をファクスで送信したが、返信はなかった。
中国の経済全体と同様に、をあてにならない公式データから河南省における経済の全体像を把握するのは困難だ。河南省の成長率は、公式データによると2018年は7.6%で全国の数値より高いが、2017年と比べると0.2ポイント低下している。
しかし、ロイターが河南省全域で取材したところ、消費者は出費を控え、各都市は経済の立て直しに苦戦しており、環境規制がビジネスや雇用に打撃を与えていることが分かった。
<鉄鋼街の痛み>
鉄鋼の街・安陽は、中国でも最悪レベルの大気汚染に長年悩まされてきており、今回の公害防止キャンペーンによって打撃を受けた。
人口500万人超の同市では、至るところで国有企業である安陽鋼鉄のインフラやロゴマークがみられる。市当局は、地元の産業に設備を更新して汚染を減らすことを強制し、従わない企業を閉鎖した。
両親が1983年に設立したコークス用炭製造会社Baoshun High-Tech Corporationを経営するLi Huifeng社長は、規制のコストは痛いものだったと話す。
安陽の西方の丘陵地に広がる同社の広大な工場は昨年冬、基準を上回る低排出設備を導入したにもかかわらず、生産減を余儀なくされた。
「昨年は事業は非常に好調だったが、今年は不透明感ばかりだ」と、Li氏は言う。鉄鋼生産に使われるコークス用炭を製造する業者の多くは、新規制により閉鎖に追い込まれるだろうと同氏は言う。
安陽の西側に工場があるスチール製品会社Xinyuan Steel Millの経営者Li Xianzhong氏は、新たな環境規制により、生産減とコスト上昇に直面していると話した。
業界推計によれば、鉄鋼生産の「環境コスト」は、取り締まりが強化された2014年の1トン当たり50元(約790円)から、150元に急騰している。
「設備投資には多額の資金が必要だ。投資した後も、操業コストが以前より高くなっている。基準を満たさなければ、操業が許可されない」と、Li氏は話した。
市の中心部にある安陽鋼鉄の巨大工場の周辺では、住民や労働者が、新たな環境基準で、生活が厳しくなったと訴えた。
小さな溶鉱設備を備えた小規模工場も、規制対象となった。
「以前はタバコを贈ったり一度食事をおごったりすれば、1年は大丈夫だった。だが今では全く効果がない」。当局によって閉鎖された自転車修理工場を経営していたZhangと名乗る男性はそう語った。
安陽市はこの1年、よりクリーンで新しい経済成長を後押ししてきた。窯業やセメントなどを手掛ける小規模工場を数百件閉鎖する一方で、新しい工業団地を建設したり、優遇措置を講じたりして、太陽光発電パネルや電気自動車などの産業を呼び寄せようとした。
だが、中国経済全体が減速する中で、同じような振興策を打ち出した無数の自治体との競争に苦労している。
また、汚染防止の取り組み成果もまちまちだ。
鉄鋼業は、今も安陽経済の半分以上を占めており、その割合は10年前から変わっていない。環境は依然として劣悪だ。最近同市を訪れると、硫黄のにおいが街中に漂い、スカイラインを埋める数百のクレーンに取り付けられたライトもかすんで見えた。
中国生態環境省で大気汚染を担当するLiu Bingjiang氏によると、近隣の工業地帯からスモッグが流れ込み、地元のクリーンアップ作戦が台無しになることも、問題の1つだという。
「いろんな対策や計画が講じられているが、それでもスモッグは解決していない」と、前出したスチール製品会社経営者のLi氏は言う。
<ブーツ工場も閉鎖>
汚染防止の取り組みは、もっと小さな産業の町も直撃している。
河南省北東部にある桑坡の村は、以前は豪州発の米国ブランドUGG(アグ)のブーツを模倣した製品を作る十数軒の羊皮工場が中心産業だった。
村の雇用の中心はこれらの羊皮工場だったが、環境コストは高くついた。羊皮の処理には大量の水が必要で、地元の水源が汚染されたのだ。
昨年7月、警察車両数十台がサイレンを鳴らして桑坡に乗り込み、ほとんどの工場を閉鎖させた。
各工場には政府監督官が送り込まれ、指示を順守しているかどうか見張っている。環境規制に違反した疑いで、工場主3人が逮捕された。
最近ロイターが桑坡を訪れた際、本来であれば生産のピーク時なのに、ほとんどの工場が稼働していなかった。仕事を求めて数百人が村から脱出。商店のシャッターは閉じられ、通りに人影もなかった。
「この村は転機を迎えている」と、Dingと名乗る元工場オーナーの男性は語る。大半のビジネスは「生きているより死んだも同然だ」と言う。
工場が閉鎖される前、6500人の村人の大半がムスリムの回族である桑坡は、小さいながらも、よく知られた存在だった。
アリババ・グループ・ホールディング傘下の電子商取引サイト淘宝網(タオバオ)でトップレベルの売り上げを収めた「淘宝村」として2015年、中国中部で初めて選ばれ、全国紙に掲載されたことで知名度が広がった。
だが昨年、汚染取り締まりが強化されると、それも一変した。県の行政府のトップが村を訪れて集会を開き、全工場を永久閉鎖すると脅した、と工場主らは言う。結局、135工場のうち19工場が操業を継続することで話がまとまった。
操業継続を選んだ工場は、水処理の基準を満たすための設備投資と事業改善に合意した。合意しなかった工場は閉鎖され、ボイラーや処理機材は破壊された。
桑坡を管轄する県級市の孟州当局に電話取材を試みたが、コメントは得られなかった。だが孟州当局のサイトによると、市長は昨年、取り締まりは市民の意志に沿った、必要な措置だと発言している。
桑坡の共産党幹部に無料メッセージアプリ「微信(ウィーチャット)」で接触したが、コメントを拒否された。携帯電話にも出なかった。
地元政府の計画では、残る工場を整理して、新たな工業地区を年内に立ち上げる予定だ。だが、工場のオーナーは、建設の遅れを心配しており、最終的には閉鎖に追い込まれるのではないかと懸念している。
元工場主のDing氏は、取り締まりがこれほど厳しいものになるとは予期していなかったと話す。銀行も融資自粛を促された。
「村の人間はみな、嘆き悲しんでいる。これほど厳しくなるとは誰も想像していなかった。みな途方に暮れている」と、Ding氏は嘆いた。
(David Stanway記者, Philip Wen記者, Stella Qiu記者、翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

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