未来の情報通信デバイスに求められる超高集積化および超高性能化を実現するには,ナノスケールのデバイス要素を組み上げていく「ボトムアップ」と呼ばれる新プロセスの構築が不可欠だ。現行の「トップダウン」と呼ばれる微細加工プロセスでは,早ければ5年後,遅くとも10年後に,高集積化,高性能化は限界に達する可能性が高いからだ。こうした考えは,いまや関連業界の共通認識になっている。

 とはいえ,単純にデバイス要素を1個ずつ組み上げていくだけでは,工業的な量産プロセスを実現するのは難しい。ある程度以上にまで生産性を高めるには,何らかの製法上の工夫が必要だ。そこで,ナノスケールの“刻印”や“印刷”などを利用した新製法によって量産性を競う研究開発が,盛んになってきた。

 『日経ナノテクノロジー』編集部は,毎月1回,ここ約1カ月間に著名な学会誌に発表された論文の中から,ナノテク研究者が注目すべきものをいくつか選び,紹介している。今回は,これら量産性を競うボトムアッププロセスの新製法に注目した。

 こうした新製法の代表的な例としては,これまでにも注目論文の中で紹介してきた「ナノインプリント」「ナノリソグラフィー」などが挙げられる(2002年6月7日付および7月3日付の記事参照)。型の形状を刻印するインプリントや,印刷の一種であるリソグラフィーなどに類似した手法を用いて,ナノスケールの超微細パターンを作製するというものだ。今回も,興味深いナノインプリントやナノリソグラフィーの新手法が多く報告された。

 最も注目されるのは,米国のプリンストン大学(Princeton University)のStephen Y. Chou氏らのグループが開発した,250ns以下という極めて短い時間でナノスケールのパターンを刻印できる「LADI(Laser-Assisted Direct Imprinting)」と呼ばれる新手法(1)だ。これは,シリコン基板上にレーザーパルス光を照射して表面近傍を溶融させながら,石英の型を押し付けてパターンを刻印するというもの。石英の型は,「ナノインプリントリソグラフィー(nanoimprint lithography)」と反応性イオンエッチング(RIE = reactive ion etching)によって作製した。

 実験では,幅140nm,高さ110nm,長さ8~17μmの細線パターンを刻印。型に反応性イオンエッチングで型の細線パターンに沿って作製した幅10nm,深さ15nmの溝の形状も転写できたという。さらに超微細なパターンを安定した品質で作製する技術の確立や,大面積のシリコンウエハーにレーザー光を均一に照射する技術などの課題は残っているが,従来の半導体プロセスよりも工程数が少なく,高い生産性が期待できる。

 このLADIと同様に,レジストを使わず,エッチングや蒸着などのプロセスも必要ないナノインプリントの新手法で,基板上に金電極パターンを作製する事例の報告(2)もあった。この手法は,米ルーセント・テクノロジーズ(Lucent Technologies)社のベル研究所(Bell Laboratories)のYueh-Lin Loo氏らのグループが開発したもので,「ナノトランスファー・プリンティング(nTP = nanotransfer printing)」と呼ばれる。弾性的なポリマーからガリウム・ヒ素(GaAs)などの硬いものまで,型材として使えるという。実験では,線幅500nmのラインパターンや,直径130nmのドットパターンなどを試作。有機トランジスタや相補性インバーター回路の配線などにも成功している。

 一方,ナノリソグラフィーの一種である「分子リソグラフィー」(3)も,非常に興味深い新手法だ。イスラエルのテクニオン・イスラエル工科大学(Technion – Israel Institute of Technology)のE. Braun氏らのグループが開発したもので,正確には「Sequence-Specific Molecular Lithography」と呼ばれる。

 二重らせんを形成していない1本鎖のDNA(デオキシリボ核酸)分子である「DNAプローブ」と,そのDNAプローブの塩基配列に応じて特異的に結合するよう設計した合成タンパク質分子「RecA」が,この手法で使われる主要な素材。結合したRecAがマスクの役割を果たし,DNAプローブのRecAが結合していない部分のみに選択的に金メッキでき,電気伝導性を付与できる。また,RecAに特異的に結合する抗体分子に金微粒子を結合させておくことで,逆にRecAの部分のみに金微粒子を配列することもできる。この手法の場合,生産性を高めるには,分子設計などの工夫によって自己組織的に一連の反応が進み,デバイスにまで組み上がるようにする必要があるだろう。

 ナノリソグラフィーでは,原子間力顕微鏡(AFM)の探針(カンチレバー)の先端を“つけペン”のように使ってナノスケールのパターンを描画する手法「DPN(Dip-Pen Nanolithography,ディップ・ペン・ナノリソグラフィー)」の研究開発が盛んだ。今回も,表層にアミノ基を持つ「デンドリマー(Dendrimer,樹状に枝分かれした巨大分子)」を,シリコン基板上に高さ30nm,線幅100nmで自在に描画した事例(4)や,AFM探針に加える電圧の正負によって,シリコン基板上に描画するパルミチン酸の単分子膜の凹凸を制御する技術(5)などの報告があった。ただし,DPNはデバイス要素を1個ずつ組み上げていく手法なので,十分に生産性を高めるには,かなりの高速で描画できるようにしなければならないことが大きな課題だ。(日経ナノテクノロジー 桜井敬三)

【論文】
1)Stephen Y. Chou, Chris Keimel and Jian Gu; “Ultrafast and direct imprint of nanostructures in silicon”, Nature 417, 835 (2002).
2)Yueh-Lin Loo, Robert L. Willett, Kirk W. Baldwin and Jhon A. Rogers; “Additive, nanoscale patterning of metal films with a stamp and a surface chemistry mediated transfer process: Applications in plastic electronics”, Applied Physics Letters 81, 562 (2002).
3)K. Kere, M. Krueger, R. Gilad, G. Ben-Yoseph, U. Sivan and E. Braun; “Sequence-Specific Molecular Lithography on Single DNA Molecules”, Science 297, 72 (2002).
4)Rachel McKendry, Wilhelm T. S. Huck, Brandon Weeks, Maria Fiorini, Chris Abell and Trevor Rayment; “Creating Nanoscale Patterns of Dendrimers on Silicon Surfaces with Dip-Pen Nanolithography”, Nano Letters 2, 713-716 (2002).
5)Haeseong Lee, Seung Ae Kim, Sang Jung Ahn and Haiwon Lee; “Positive and negative patterning on a palmitic acid Langmuir-Blodgett monolayer on Si surface using bias-dependent atomic force microscopy lithography”, Applied Physics Letters 81, 138 (2002).