2004年(平16)7月11日、長野オリンピックスタジアムで開催された球宴で日本ハム新庄剛志は本盗を決めた。新庄氏が思い出に残るプレー第2位に挙げたビッグプレー。当時の紙面で振り返ります。(所属、年齢などは当時のまま)

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予想もつかない事が起きるから野球は楽しい。日本ハム新庄剛志外野手(32=SHINJO)が、球宴史上初の単独ホームスチールをやってのけた。3回裏に二塁打で出塁し三塁に進んだあと、阪神福原-矢野のバッテリーの意表を突いて成功させた。次の打席でも二塁打を放って生還し、全得点を挙げて阪神時代の99年以来2度目のMVPを獲得。落合、清原に次いで史上3人目の両リーグでの受賞者となった。ファンを楽しませ、勝利に貢献する。再編に揺れる球界に、プロの「原点」を思い起こさせた。

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こんなに幸せな野球があっていいの。新庄なら、すべての夢をかなえてしまう。マンガにもないような、驚がくのプレーをやってのけた。三塁走者だった3回2死。打者・小笠原の時のカウント2-1からの6球目だった。よそ見をしていた人は何人いるだろう。捕手の阪神矢野が、マウンドの阪神福原に返球した瞬間、54年目を迎えた球宴の歴史が変わった。

新庄が突然、走り出す。ホームベースへ1歩ずつ近づくたびに、異変に気づいた球場が少しずつ騒然としていく。ホームに頭から滑り込む。矢野のタッチをかいくぐる。球宴史上初の単独でのホームスチール成功。「球宴初? 初じゃなかったら、やらないでしょ」。ベース上で大の字にうつぶしたまま、子どものように両腕をバタバタと地面にたたきつけた。こんな喜び方を見たのも初めてのファンから歓声が爆発した。

なんと敵側に予告していた。三塁上からひそかに「(本盗)やっていいですか」と全セのベンチにわざわざ許可? を求めた。中日山本昌とヤクルト古田が頭の上で両手で○をつくりOKが出た。「最初から(機会を)はかっていた。(捕手が)投手に投げて走った方が、絵になるかな」。初球からチャンスを狙っていた。恩師の阪神岡田監督の「いくな、いくな」という忠告は無視したが、律義に、したたかに決めた。

消滅の危機にあるパ・リーグファンのために突っ走った。「パ・リーグを盛り上げたかった。セ・リーグだったら(本盗を)やっていなかった」。通常は捕手とクロスプレー時は、まわりこむように右手でベースをタッチする。左肩に捕手に乗られることを嫌う。思わず出たヘッドスライディングは「13年ぶりくらいかな」の全身全霊のプレーだった。本盗も小5で野球を始めて以来、初めて試みたという。「自分が一番似合わないでしょ」と泥まみれになって、パに尽くした。

1回裏の最初の打席。独特の打撃フォームをデザインした1センチ四方の刺しゅうを施した手袋で、左翼席を指さした。ホームラン予告でスタンドの視線を十分に引きつけたあと、一転セーフティーバント。投手正面に転がり大失敗もファンは大喜びだ。「一塁の前でコケてアウトになろうと思ってた」。ファンの視線を、期待を意識してプレーする。プロの原点を思い出させた。

22歳だった10年前、阪神時代に初出場した球宴から10年たった。最後となるかもしれない球宴を、全パの最年長として迎えた。予告していた史上3人目となる両リーグMVPを本当に本盗で、取ってしまった。お立ち台で絶叫して、笑わせる。「北海道を出てくる前にMVPをとってくると言っていたんですが本当にとれるとは…。思ってました」。続けて叫んだ言葉は重かった。「これからはパ・リーグです」。パフォーマンスでもメッセージでも、新庄としてやるべきことは、すべてやった。

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▼本盗を決めた新庄がMVP。球宴で本盗を成功させたのは78年<2>戦の簑田(阪急)に次いで2人目。簑田は5-0とリードした7回裏1死一、三塁の場面で一塁走者の富田(日本ハム)との重盗を成功させたもの。単独での本盗成功が初めてなら、本盗が「勝利打点」も初めてだ。

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まだ北海道に冬の寒さが残る3月、新庄はこっそりと、重病に伏したある少女を見舞った。大の新庄ファンだったその子に向かって「君さ、すごくかわいいよ。きっと大人になったらモデルになれる。絶対に治るから」と、新庄らしい言葉で励ました。パソコンのカバーにサインをして「今日は君のために打つよ」と予告して、本当にその日の試合でホームランを打ってしまった。

その少女は、あこがれのスターから勇気をもらったと言ってはしゃいだ。ただ、いたずらな病魔が進むのは早かった。シーズンが開幕してから、その少女は天国に逝った。最後に「1%でも生きることのできる可能性があるなら」と米国の病院に移ることを決意したが、異国でその命を絶たれた。

ショックを受けた新庄はひどく落ち込んだ。「応援してくれてるファンを裏切りたくないから」。笑顔のすてきだった少女へ、そしてプロ野球ファンへ。パ・リーグを盛り上げたいと人一倍思う男が、野球の素晴らしさを自らのパフォーマンスで体現した。