14世紀フィレンツェを舞台に、男女の手練手管を描いた「ボッカチオ」。軽快な音楽に乗った愉快なストーリー、間抜けな亭主たちとしっかり者の女房たち、そして機転の利く若者たちによる丁々発止のやりとりは、世界中の聴衆の笑いと共感を誘ってきた。浮気っぽい女房たちのしたたかさを描きながら、最後は主人公の純愛成就で締め、ほろりとさせるところも心憎い。本格的なオペラ上演がさかんになった現在でこそ公演が減ってしまったが、かの浅草オペラの人気演目だったということからも、その間口の広さがうかがえる。
「ボッカチオ」の妙味は、まずストーリーにある。イタリア14世紀の人気作家で、かの『デカメロン』の作者といっても、ボッカチオもそして『デカメロン』も、なじんでいるひとは多くないだろう。けれどオペレッタ「ボッカチオ」の本当の主役は、『デカメロン』に出てくるような市井の男女。タイトルロールのボッカチオは、彼らを操っている人形使いのような存在だ。つまり「ボッカチオ」を観れば、『デカメロン』が何か、ボッカチオが誰か、手に取るようにわかってしまうのである。そしてついでに、『デカメロン』の面白さも。これこそ、一回で二度おいしい?傑作ではないだろうか。
もちろん「ボッカチオ」の物語を生き生きとさせているのはスッペの音楽である。オペレッタにしてはかなり正攻法の、堂々とした音楽だけれど、どこを切っても活気にあふれ、流れていて、わくわくさせられ、しかも親しみやすい。有名なアリア、<恋はやさし野辺の花よ>のセンチメンタルな美しさ、<三馬鹿の歌>の名前で知られる<スカルツァのセレナーデ>の、愛らしくもコミカルな味わいも魅力的だが、イタリアのオペラ・ブッファ風の楽しさがスッペの大きな特徴だ。実はスッペはあのドニゼッティの遠縁で、イタリア・オペラは大好き、また歌手としても活躍し、「愛の妙薬」のドゥルカマーラを歌ったこともあるという。そういえば、ボッカチオの本を売る本屋の歌はドゥルカマーラのようだし、大騒動のアンサンブルはロッシーニのよう。けれどそのアンサンブルも、得意な行進曲調でぴたりと締めるのが爽快だ。そう、スッペって、「軽騎兵」序曲の作者でしたね。
「ボッカチオ」では、ストーリーの重要な部分がかなり会話(とお芝居)に委ねられるので、舞台で観なければ本当のよさは分からない、と思う。芸達者なフォルクスオーパーの歌手たちなら、その点十二分に期待できそうだ。また男性歌手が歌うことも多いボッカチオ役を、女性(ズボン役)が歌うのにも注目したい。 |
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加藤浩子(音楽評論家)
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