先だって、シリコンバレーのロボット関係者と「シリコンバレーのハードウエアスタートアップが、いかに中国と固く結びついているか」について語り合った。というのも、スタートアップに対してハードの開発や製造のサポートをする会社は、ほとんどが中国のEMS(製造受託事業者)を背景にしているからだ。

 スタートアップのハード開発や製造を支援する会社のことは、「ハードウエアアクセラレーター」などと呼ぶ。シリコンバレーだけでも大手アクセラレーターが数社あるが、どれも中国とつながりが深い。

 例えば、2013年に創設された「Highway 1」というサンフランシスコにあるアクセラレーターは、IoT(Internet of Things)製品やロボットなど興味深いスタートアップを輩出してきた(写真)。そのHighway 1の親会社はPCH Internationalというアイルランドの会社だが、同社の事業は中国EMSの斡旋(コーディネーション)である。CEO(最高経営責任者)のLiam Casey氏は、「ミスターチャイナ」と呼ばれるほど中国の製造業事情に精通した人物だ。

写真●Highway 1が2016年春に開催した「Demo Day」の様子
写真●Highway 1が2016年春に開催した「Demo Day」の様子
(撮影:瀧口 範子)
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 Highway 1の育成対象に選ばれると、4カ月の育成プログラム期間中の10日間を、中国の深センに滞在して、製造とグローバルなサプライチェーンについて学ぶことになる。要はこのハードウエアアクセラレーターは、有望な起業家を青田刈りする方策でもあり、ある程度の生産に見合う需要が出てきた暁には、製造を担うのはPCHにつながった中国の工場なのである。

スタートアップは中国で製造を学ぶ

 サンフランシスコにあるもう一つのハードウエアアクセラレーター、「HAX」も同様だ。HAXは中国にも拠点を持ち、まだ製品を開発していない起業家チームの場合は、中国に約100日滞在してプロトタイプ作成や製造用設計の方法を学ぶ。もちろん、EMSの工場をいくつも見て回って、どこが自分たちの製品に合っているかとか、アウトソースの方法などじっくり観察する。

 EMS最大手で台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下にあるFoxconnも、北京に「Innoonn」というハードウエアスタートアップのためのインキュベーション(育成)施設を作って、ここにアメリカやヨーロッパから起業家を迎えている。もちろん、製造段階になるとそれを請け負うのはFoxconnだ。

 スタートアップがハードウエア事業やロボット、そしてIoT製品に参入しようとしているタイミングで、中国の工場が万事首尾よく控えている事実には感心するばかりだ。その一方で、製造業ではかなり質が高いはずの日本は、このエコシステムからすっかり外されているのを感じずにはいられない。

 スタートアップが製造を依頼する先が中国の工場に落ち着くのは、コスト面から検討した結果だけではないはずだ。新しい産業の担い手であるスタートアップに対して、中国のEMSが一足早く、自分たちをパッケージの一部としてうまく売り込んでいる。そうしたアグレッシブさも手伝っているだろう。

 以前、試作品を素早く作る「ラピッドプロトタイピング」ならぬ「ラピッドマニファクチャリング」(最終製品までも素早く作ってしまう)を実験したチームに聞いたところでは、中国の工場回りの環境は、起業家にピッタリなのだという。小回りの効くEMSがたくさんあって、プロトタイプづくりから部品の調達まで、あっと言う間に何でもできてしまうという。たとえ設計でやり直しが生じても、その調整もかなりスピーディーなのだそうだ。そのため深センは最近、「ハードウエアのシリコンバレー」などと呼ばれている

 スタートアップが手がける新しいハードウエア製品は、これまでの製品のように大量生産されるものではない。個々人に合ったアイテムがマイクロ市場を成し、多品種少量生産の時代になる。そのような時代になれば「アメリカでも製造が可能になる」とか「なんでも『3Dプリンター』で製造可能になると、というのはよく耳にする話だ。

 しかし、中国EMSも現在、高くなる人件費を相殺するためにロボットの導入を急いでいるし、3Dプリンターならば中国でも導入は可能だ。製造現場だけの競争で中国EMSに勝つのは、もはや難しいかもしれない。

変わり始めたアクセラレーターのスタンス

 ここで参考になるのは、サンフランシスコにあるハードウエアアクセラレーターの「Lemnos Labs」が説いていることだ。それは、「真似されないハードウエア製品の参入障壁」とは何か、というもの。ただ単体のハードウエアではなく、「サービスとしてのハードウエア」や「サービスとしてのロボット」を考えろ、と言う。

 つまり、ハードウエアには、それに絡んだソフトウエアやプラットフォームが重要だということだ。ソフトウエアには弱いと言われる日本だが、画期的なソフトウエア機能やプラットフォームを持ったハードウエアが出てくれば、日本の製造業も中国の先を行くエコシステムの一部になると思うのだ。

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