遺伝子技術「CRISPR-Cas9」の特許バトルに裁定、の意味

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  • author 福田ミホ
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遺伝子技術「CRISPR-Cas9」の特許バトルに裁定、の意味

CRISPR-Cas9特許はハーバード・MITのブロード研究所のものに。

強力な遺伝子編集技術CRISPR-Cas9は、HIVなどさまざまな病気の治療やデザイナー・ベビーの実現、食料生産の超効率化などあらゆる分野での応用が期待(または懸念)されています。その技術の特許をめぐってふたつの研究機関がバトルを繰り広げていましたが、先日裁定が下りました。

Natureなどによれば、米国特許商標庁はCRISPR-Cas9を発明したのはハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)によるブロード研究所であると判断したとのことです。この技術に対して、カリフォルニア大学バークレー校も自分たちこそCRISPR-Cas9の発明者であるとして、ブロード研究所が持つCRISPR-Cas9の特許の無効化を求めていました。でも裁定では「事実上、特許に干渉していない」と判断されたんです。つまり、両者の主張する権利は別物だから、とりあえずブロード研究所の持つ特許はそのままになるということです。

「干渉」か否か

ただStat Newsによれば、CRISPRの特許を申請したのはカリフォルニア大学の方が数カ月早かったそうで、以下のように説明されています。

2014年4月にブロード研究所が最初のCRISPRの特許を認められたとき、特許商標庁は2012年5月に申請されたカリフォルニア大学のCRISPRの特許を審査中だった。その後カリフォルニア大学は特許対象の項目にいくつか変更を加えているが、そこでは全般に、CRISPRを細菌のような細胞核のない生物のDNA編集に使う方法が説明されていた。

ブロード研究所が特許を申請したのは2012年12月だったが、彼らは真核生物におけるDNA編集方法について説明していた。真核生物とは、細胞内にゲノムを含む細胞核を持つ生物であり、動物や植物はこちらに属することになる。また、ブロード研究所はカリフォルニア大学より後に申請したが、彼らが審査を早めるための少額の料金を払ったことも勝利の一因となった。その後ブロード研究所には、CRISPR関連の新たな特許が1ダースも与えられている。

カリフォルニア大学は、「ブロード研究所の特許群が、カリフォルニア大学の申請した特許と干渉している」と申し立てました。そして彼らは、ブロード研究所のフェン・チャンらによるCRISPRの研究はカリフォルニア大学のジェニファー・ダウドナらの研究がベースとなっていると主張していました。

それに対しブロード研究所は、チャンによるCRISPRでの動植物の遺伝子編集は、カリフォルニア大学の研究とは別物だと主張していました。つまりこのバトルは、動植物など複雑な生物のDNA編集にCRISPR-Cas9を使うための最初のレシピを作ったのが誰かという点で争われていたのです。そして今回特許商標庁は、ダウドナとチャンのレシピの目的はちょっと違う、とブロード研究所に有利な判断を下しました。

で、これからどうなる

今気になるのは、この裁定がバイオテック業界にどう関わってくるか、そして病気の治療や飢餓の撲滅といった課題にどう影響するかということです。

ブロード研究所が特許を取ったために、その技術を誰が使っていいのか、判断できるのは彼らだけになりました。彼らはすでに製薬会社のEditas Medicineに対し、CRISPR-Cas9の医療目的の応用に対して独占ライセンスを与えています。またGE HealthcareやMonsanto、ドイツの創薬企業Evotecには他の目的での非独占ライセンスを与えています。

【もっと読む】 ドキュメンタリー映画『モンサントの不自然な食べもの』でおなじみのMonsanto社、「CRISPR-Cas9」使用権ゲット

カリフォルニア大学もこれまでIntellia TherapeuticsとCRISPR Therapeuticsというふたつの会社にCRISPR-Cas9の使用ライセンスを与えているんですが、それらが今後どうなるのかはわかっていません。とりあえずこの発表があった日には両社の株価が10%以上ダウンしました。

ちなみに何か発明したら特許を取らなきゃいけないわけじゃなくて、特許をまったく申請しない人もいます。というのは、特許にしてしまうと多くの人が新技術を使えなくなったり、使えても高価になったりして、進歩が遅れることもあるからです。このバトルに先立つ2009年、Nature Biotechnologyには生物科学研究者がリサーチツールにアクセスしにくくなっている状況が報告されていました。

ただブロード研究所は、学術研究者にはCRISPR-Cas9の無償利用を許可し続けると言っています。でも企業の場合は、使用料を払う必要があるようですね。

「今後数年で多くの研究機関に対し、CRISPR関連の特許が与えられることでしょう」と、ブロード研究所はこの裁定後の声明で言っています。「人間が自身の体を理解し、病気を治療し、次世代の医療の基礎を作っていくために、CRISPRは世界の科学コミュニティから利用可能であり続けるべきだと考えています」

とりあえず今、米国特許商標庁はCRISPR関係ですでに50件の特許を発行していて、そのうち14件はブロード研究所関係のグループが持っています。他の機関にも特許が与えられていますが、それはもっと範囲が狭くて細かい特許です。

ブロード研究所とカリフォルニア大学のバトルは、これから来るたくさんのバトルの最初のひとつなのかもしれません。CRISPR-Cas9の発見以来、その代替手段もたくさん編み出されていて、場合によっては元のCRISPRより優れているかもしれません。たとえば2015年には、ブロード研究所は第二のCRISPRシステムとも言えるCRISPR-Cpf1を発表しました。2016年5月には中国の研究グループが、賛否両論あるNgAgoについての論文を発表しました。

ダウドナは、この裁定には反対すると言っていますが、だからといって科学の進歩を鈍らせるようなことにはならない、と答えました。彼女は「科学者の一員としては、私たちはこのままテクノロジーを進化させていくでしょう」と語っています。

バトルは続くかも

ただカリフォルニア大学は、声明で特許商標庁の判断を「尊重する」とは言いつつ、CRISPRの発明者はやっぱりダウドナとその共同研究者であるエマニュエル・シャルパンティエだと言っています。彼らはこれから控訴する可能性が高いと見られていて、裁判が続くことになりそうです。

カリフォルニア大学にとって一番痛手なのは、特許商標庁の判断がCRISPRの歴史を塗り変えてしまうことかもしれません。ダウドナとシャルパンティエは、サイエンス界ではCRISPRの先駆者として広く認められています。2015年にはブレークスルー賞を受賞し300万ドル(約3億4000万円)、グルーバー賞で50万ドル(約5600万円)、2017年には日本国際賞で45万ドル(5000万円)の資金を獲得しています。

でも今、CRISPR-Cas9の特許はブロード研究所のものになりました。彼らが声明で誓ったように、この技術がこれからも他の研究機関で自由に使えて、次の技術の進化を止めないことを祈ります。

抗生物質が効かない細菌退治に。DNAをズタズタに噛み砕き殺す「CRISPR-Cas3」

image: Pixabay
source: Nature 1, 2, Stat News, Nature Biotechnology, Broad Institute, UC Berkeley

Kristen V. Brown - Gizmodo US[原文
(福田ミホ)