更新:2月25日 12:10ビジネス:最新ニュース油性ボールペン嫌いがゼロから作った三菱鉛筆「JETSTREAM」
ライターの仕事は、人の話を聞きながら的確にメモを取る必要がある。人によってはかなり早口なこともあり、取材中、ペンがスムーズに走ってくれないのはかなりのストレスだ。気に入ったものはまとめ買いして使うが、別のものに浮気して乗り換えたり、以前のものに戻してみたりを繰り返してきた。(千葉はるか) しかしここしばらく、取材の友は三菱鉛筆のボールペン「JETSTREAM」で落ち着いている。浮気もせずに使っているのは、「クセになる、なめらかな書き味」というキャッチコピーを裏切らないペン先のすべりの良さだけが理由ではない。ほかのペンを試してみようかと思わせるような、気になる部分――インクののりが今ひとつだったり、書いているうちに手が汚れてしまったり――が、見当たらないのだ。 ■「嫌なところを全部変えてやろう」 三菱鉛筆の市川秀寿(いちかわ・しゅうじ)がJETSTREAMの開発で挑んだのは、「油性ボールペンの短所をすべてつぶすこと」だった。 「入社後9年間はスタンプ台などを手がける印章の開発部隊にいました。当社の水性ボールペンが好きだったので異動希望を出したところ、なぜか油性ボールペンの開発グループに異動になったんですが……」 実は、油性ボールペンは嫌いだったのだという。 何より苦手だったのは、その書き味だ。油性ボールペンは、筆圧が弱めの人にはペン先が重く感じる。市川自身、あまり力を入れずに文字を書くタイプだったため、油性ボールペンは敬遠しがちだった。書いているとインクを引きずって手が汚れることも気になった。ペン先を上に向けているとインクが逆流して書けなくなってしまうこと、なんとなく薄く感じるインクの発色、薬品などに触れたときのインクの耐久性の弱さ……。挙げればきりがないという口ぶりだ。 「それでも油性ボールペンはかなり成熟した製品で、どのメーカーが作るものでも中身はほとんど一緒。明確なテーマがないなかで、私がボールペンを開発するのが初めてということもあり、『それなら何か変わったものでもやってみろ』という感じで自由に研究できた。それで、やるなら自分が嫌なところを全部変えたいと思ったんです」 ■ありとあらゆる素材を試す 開発に着手したのは2000年のことだ。 「要となるのはインクの開発です。滑らかな書き味にするには先端のボールがスムーズに回転することが必要で、非常に潤滑性の高いインクでなければなりません。紙面上で手が汚れないよう、乾燥しやすいことも条件の一つ。耐久性も高めたい。それで、インクをゼロから見直すことにしました」 ボールペンの開発でインクの組成を見直すこと自体は珍しくない。しかしその大半は、インクの基本構成は変えず、色材や溶剤、樹脂、添加剤などの一部を少し変える程度のものだ。基本的な組成から変えてしまうようなインクの見直しは、三菱鉛筆のボールペン開発史のなかでもあまり例のないことだったという。 「一般に油性ボールペンは染料インクを使いますが、耐久性を高めて発色を良くするために顔料インクを採用することにしました。固着性を強める樹脂を入れて、乾燥性を高めるために主溶剤も揮発性の高いものに変更しました。インクの構成要素すべてを一つひとつ研究し、無限の組み合わせのなかからベストを探っていくんですが、作っても作ってもいいものができず……。数え切れないほどの実験を繰り返しましたね」 JETSTREAMの開発で試作したインクは、一万数千種類にのぼった。 「今までにないやり方でさまざまな素材を組み合わせてインクを作っていたので、社内でも『作り方が複雑すぎる』『なぜこんなに素材が必要なのか』という声が上がったほどでした。最終的には、素材の種類が従来の油性ボールペンの2倍近くになっています」 ■キャップ式が完成したのもつかの間 機構もJETSTREAMのために見直しを図った。通常の油性ボールペンはペン先を上にするとインクが逆流し、書けなくなってしまう。JETSTREAMには、この逆流を防止するためのボールとそれを止める板が入れられている。 「似たような機構は水性ボールペンにもありますが、板を入れたのはボールペンで初めてのことです」 インクを入れるリフィルも、材質と構造を変えた。流動性と乾燥性を兼ね備えたインクは繊細で、長期間の保存に耐える製品にするにはリフィルによってインクを防御する必要があったからだ。 「JETSTREAMではインクに揮発性の高い溶剤を使っていますが、従来の溶剤と違って水を吸いやすく、インクが劣化しやすい。ボールペンはいつ使われるかわかりません。初期性能がよくても、保存によって変質してしまっては製品として成り立ちませんから」 こうして2002年に製品化されたのが、海外向けのキャップ式(ふた付き)JETSTREAM。しかし、夢に描いた新しい油性ボールペン誕生の喜びもつかの間、市川は次のハードルに挑むことになる。それは、日本市場向けのノック式JETSTREAMの開発だった。 次ページ>>またゼロからやり直し!? ● 関連リンク● 記事一覧
|
|