特集

マッサン反省会@こひのぼり 冒険旅行を終えて、ひと息。 制作総括・櫻井賢 脚本家・羽原大輔さん
ドラマの立ち上げから、紆余曲折ありましたが…。

羽原

いま思えば、ここまでの道のりすべてが壁でしたよね(笑)。

櫻井

順調にいったことは果たしてあったのか(苦笑)。ヒロインのエリーがどこまで日本語を話せる設定にするか、から始まって。

羽原

カタコトしか話せない設定だった一番最初の脚本では、エリーのセリフがすべてカタカナでしたからね。読みづらいし書きづらい(笑)。何よりも、彼女の人間性が見えづらかった。

櫻井

はじまりの舞台をどこにするかでも頭を悩ませましたよね。当初は大阪編からスタートするつもりで進めたのに、“優子さんとの婚約問題”で壁にぶつかって。

羽原

実はマッサンの婚約者だという優子さんがいて、身に覚えのないマッサンがいて、「結婚は家と家の問題」というのが当時の日本の考え方であるーー。エリーにとって常識外のことが二重三重にあるなかで、日本人としてはつい優子さんに感情移入しちゃうし、あれは危険な罠でしたよね(笑)。

櫻井

どうもマッサンとエリーが愛される夫婦像に見えないし、これでは大衆を巻き込むドラマにならないと感じたので、物語の入り口を変えようとなった。やはりマッサンの職人魂の原点がある、生まれ育った広島での物語から始めるべきだと。かなり書き進んでいたのに、「羽原さん、テーブルひっくり返していいですか?」ってお願いしに行くときは、さすがに胃が痛い思いでしたけど(苦笑)。

羽原

あと、史実とは違うけれど、僕からは「大阪編でマッサンとエリーを下町の長屋みたいなところに住ませたい」とお願いしましたよね。

櫻井

そうそう。いわばマッサンは造り酒屋のお坊ちゃまだから、“上流階級の男が夢をつかんだ話”と思われてしまうと受け入れてもらえない。人間味あふれる日常生活での奮闘をみせることで、ふたりが文化の壁に立ち向かう姿がより描けるんじゃないかって。まさにそれが、“愛されるマッサン夫婦”になった理由だと思ってます。

羽原

“三丁目べっぴん同盟”のキャサリン・梅子・桃子と、“こひのぼり”の春さん・秋ちゃん・巡査たちの目線が、我々が当時の国際結婚について知るきっかけになると思ったんですよ。だから、彼らが好きに意見を言ったり、なぐさめたりすることが必要なんじゃないかって。

櫻井

第11週で妊娠したエリーに対して「その子は何人(なにじん)になるんや?」っていう巡査のセリフとか、ドキッとしましたもんね。でも、当時はそれが当たり前の感覚だったんだろうと思う。そういうことをポンと書くところが、羽原さんすごいなって。

羽原

あえて差別的な表現を避けて通らないでおこうと。悪意があって言っているわけじゃないから、当たり前の疑問は当たり前に言わないといけないと思うんですよ。

櫻井

まぁ、他に控えていただいた表現はいっぱいありますけどね(苦笑)。

羽原

春さんが「浸かりすぎたらっきょうみたいな顔」に落ち着くまでも、いろいろありましたからね(笑)。

運を使い果たした奇跡のキャスティング!?鴨居と熊虎がいて、マッサンが大きくふくらんだ。

羽原

ウイスキーの夢を追うマッサンと対立する存在として、やはり大きいのは「鴨居欣次郎」というキャラクター。これは堤真一さんが演じてくださったから成立した部分がものすごく大きかったですよね。僕が書かせてもらった鴨居の熱いセリフは、堤さんの絶妙なあんばいで、リアリティをもってみなさんに届いたんだと思います。

櫻井

勧善懲悪にしてしまえばドラマはつくりやすいけど、モデルとなった鳥井信治郎さんがそうであるように、鴨居には相当なカリスマ性がある。そういう魅力を描きつつ、マッサンとの価値観の違いを明確にするのに苦心しましたよね。堤さんには、魅力あふれる鴨居を見事に熱演いただけたことに感謝のひと言です。やっぱり鴨居の大将は鳥肌が立つほどカッコよかったですよ。その裏にフィクションとして父と息子の確執を描いたことで、彼の人間味がさらに引き立って。

羽原

鴨居を完全無欠のスーパーマンにはしたくなかったんですよ。彼だって人間くさい悩みを抱えているだろうと思って、息子・英一郎とのエピソードを盛り込んだわけです。堤さんの演技に全幅の信頼を寄せて書かせてもらいました。

櫻井

北海道編のキーパーソンはやはり「熊虎」ですよね。北海道編の立ち上げには、余市町の歴史を知り尽くす研究者の方にもお知恵をいただき、演出の梶原登城君が取材に、シナリオハンティングに精力的に動き、北海道編の立ち上げをけん引してくれました。何より、ホームドラマと時代感を融合させるために苦心しました。“一代でのし上がり、ニシン漁の親方になった会津出身の男”という熊虎のバックボーンを作りあげたものの、「これを誰がやるかで、北海道編が決まるよね」と大きな賭けでもあった。

運を使い果たした奇跡のキャスティング!?鴨居と熊虎がいて、マッサンが大きくふくらんだ。 画像
運を使い果たした奇跡のキャスティング!?鴨居と熊虎がいて、マッサンが大きくふくらんだ。 画像

羽原

結果、風間杜夫さんの熊虎はバツグンでしたよね。風間さんが演じることで説得力が生まれたなぁと。

櫻井

正直、風間さんは公演中のお芝居もあって、スケジュールの確保が難しかったんですよ。でも、羽原さんの脚本をお送りして読んでもらったところ、「ぜひこの役をやりたい」とおっしゃっていただいて、スケジュールのすき間を全部預けてくださった。ハナ役の小池栄子さんだってそうです。この作品ならぜひやらせてくださいと、いろいろ調整してくださって。なんと撮影2か月前のオファーで決まってますから、プロデューサーとしては問題ですよね(苦笑)。でも、脚本とキャラクターがしっかり立ち上がってから、「この人にこそ」と思える方にオファーしたいという思いが強かった。すべて脚本あってこその奇跡でしかないですね。

羽原

そんなに遅れ遅れだったのに、最高のクジを引き続けたでしょう?櫻井さん、人生の運を使い果たしたんじゃないですか?抜け殻のカスになってません?(笑)。

櫻井

うん、そうかもしれない(笑)。

マッサンには俊夫、エリーにはキャサリン。ドラマと現場がリンクする、最高のパートナーがいた。

羽原

僕にとってありがたかったのは、八嶋智人さんが演じる俊夫という存在ですね。コメディな場面も本気の場面も、彼がいれば何とかなる(笑)。めきめきとイメージが湧いてくるし、最後までいてほしいと思ったんですよ。だって、最初に全25週の構想を練ったとき、“俊夫とハナの結婚”なんてエピソードはありませんでしたからね。ドラマの構図で言うならば、俊夫はお坊ちゃまにイヤミを言い続けていればいいポジション。だけど最後まで助けてもらったお礼として、俊夫にも幸せになってもらおうかと(笑)。俊夫がいたことで、マッサンという人間にも一層深みが出たと思いますしね。

櫻井

実際、玉山くんにとってもそうでしたらかね。まるでバディのように八嶋さんがいることで、彼は座長として安心して現場をまとめてくれたと思う。八嶋さんがいることで人と人をつないでくれるから。

羽原

「ずっとひとりで肩ひじ張っていたのを、八嶋さんが取っ払ってくれたからすごく楽になった」って言ってましたよね。

マッサンには俊夫、エリーにはキャサリン。ドラマと現場がリンクする、最高のパートナーがいた。画像
マッサンには俊夫、エリーにはキャサリン。ドラマと現場がリンクする、最高のパートナーがいた。画像

櫻井

不思議なことに、物語とその現場の関係性が見事にリンクしてるんですよね。この10か月間、玉山くんとシャーロットはセットを旅しながら、キャストとの出会いと別れを繰り返してきた。そのことで羽が生えたように、芝居も人間性も大きく飛躍したんでしょう。シャーロットで言うならば、濱田マリさん演じるキャサリンのパワーは大きかった。戦争時代を描いた第23週、ちょうどシャーロットが心身ともにつらい収録を乗り越えたときに、「どないにつろうても、あんたはずっと笑ってきたんやろ」というセリフをキャサリンが投げかける。それはエリーに言ってるのか、シャーロットに言ってるのか……、強烈にリンクしたんですよ。濱田さんは現場でもシャーロットのお姉さん役みたいなところがあったので、その胸を借りてシャーロットが初めてはき出せた感じがあり、現場で見ているこっちまで心が打たれましたね。やっぱり人は、悲しみを全部吐き出したときに楽になって、一歩踏み出せるものなんだなぁと。

役を生きていればこそのひらめき!玉山鉄二とシャーロット・ケイト・フォックスは「第二の脚本家」ともいえる存在だった。

羽原

脚本づくりでは、玉山くんやシャーロットの意見もたくさん取り入れさせてもらいました。いつも彼らの隣にいる櫻井さんからいろんな情報をもらって、自分なりにそしゃくして反映させてもらいました。

櫻井

特にシャーロットは、11月を乗り越えたくらいから、だんだん余裕や欲が出てきたみたいで、「作品の中でエリーとしてこうありたい」っていうイメージを伝えてくれた。アメリカ人の彼女にとっては、「女性の美しさとは、セクシーさと強さを兼ね備えていること」という思いがあるから、かわいいだけのエリーを表現したいわけではない。エリーの生涯を演じるにあたって、女性としての芯の強さ、母親としての苦悩、時には愚かに狂ってしまうような部分も演じたいっていうのがあったようですね。例えば、第20週で特高に強制連行されそうになったとき、エリーが訴えるセリフの数々もそのひとつ。「エリーが強く輝く週でありたい」という彼女の思いが反映されてます。

羽原

第21週のエマと一馬の恋愛エピソードでもそうでしたよね。僕たちの中では、きっとエリーのほうが娘の恋愛に理解があって、マッサンがひとり憤るだろうと考えていたのに、意外にもシャーロットの意見は反対だった。

櫻井

そうでしたね。シャーロットが「絶対、エリーはかわいいエマの恋愛を認めたくないはずだし、母親として抵抗する。私だって思春期のころに母に日記を読まれことがあるし、そういう年頃の母と娘はバトルするものよ」って。ここまでエリーを生きている彼女の意見なんで、それはしっかり羽原さんにお伝えしようと思ったんですよ。

羽原

晩年にいくほど、エリーの強さが見えるのはそのおかげですね。

櫻井

もちろん、玉山くんからもいろんな意見をもらいましたよね。特に、第19週の作家・上杉とのエピソードは彼のひらめきによるもの。あるとき、「マッサンのつくるウイスキーは、決してまずいわけじゃなくて、この時代にまだ受け入れられないだけですよね?」って彼が聞いてきたんですよ。やっぱり、これだけ長い時間マッサンを生きていると、自分のつくるウイスキーがなかなか認められないことが堪えるみたいなんですよね(苦笑)。「マッサンのウイスキーとは何か?」ということは、最終週で世界的な評価を受けるまでじっくり時間をかけて紡いでいくけれど、その過程で客観的な評価を与えるひとがいるべきなんじゃないかと。そんなとき偶然にも、マッサンのモデルである竹鶴政孝さんと親交のあった北大路欣也さんから「ぜひ出演したい」とお声をいただいて、作家・上杉のキャラクターが立ち上がった。ガチッと見事にはまったんですよ。まさに強運としか言いようがないですね(笑)。

あきらめなかったのは、マッサンだけじゃなかった。

羽原

この1年半くらい、僕、櫻井さんたちとしか話してないんですよ(笑)。1週ぶんの脚本をメールで送った翌日には大阪へ行って打合せして、意見をぶつけ合っては、また持ち帰って書いて……の繰り返し。毎回、大阪へ向かう新幹線の中は、まるで裁判所へ向かうような気分でした(笑)。

櫻井

相当ひどい欲ばりの制作陣が、「もっとできるでしょう、もっと行きましょうよ」ってどれほど要求し続けたことか(笑)。それでも羽原さんは絶対にさじを投げなかった。普通なら「いいかげんにしろ!」となるレベルだと思うので(笑)、絶対にあきらめない羽原さんこそ、マッサンかもしれないですね。

羽原

いや、貴重な体験をさせていただきました。「オレって意外に粘り強いな」って(笑)。だからこそ、いつもパソコンの画面で見つめてきたマッサンとエリーは、ともに最終回に向かって生きてきた同志みたいなもの。僕が勝手に思ってるだけですけどね(笑)。

櫻井

僕としても、人生最良のときを過ごした家族のような存在だし、実際に家族以上に同じ時間を過ごしてきました。玉山くんやシャーロットと日々苦しんできたし、燃え尽きるところまでやったなという自負はある。さみしい気持ちはあるけど、別れがきたんだなって気がしてます。

羽原

最終週でマッサンとエリーが最後の会話を交わし、エリーが死んだというト書き(説明書き)を書いたとき、「あぁ、一年半ともに歩んできたエリーが死んじゃったよ」っていう思いになったんですよ。プロット(ドラマの設計図)ではもうとっくに知っていた展開なのに(笑)。これまでいろんなドラマを書いてますけど、今まで感じたことのない特別な感じでしたね。胸がきゅっとしたというか。

マッサンとエリーの人生から、生きるヒントを感じてもらえれば。

羽原

僕、この一年くらいずっと家では広島弁でした(笑)。それくらい、ほとんどの時間はパソコンに向かい、このふたりと一緒にいたわけです。初めてシャーロットに会ったとき、「チャレンジ&アドベンチャー」って言葉を彼女から聞いて、それがいつしかこのドラマの合い言葉のようなものになりました。僕としても、人生で一番チャレンジ&アドベンチャーをした企画です。もう本当に逃げたくなるような大変な日々だったけど、また何か難しい脚本にトライしてもいいかなと思えるから、不思議ですね(笑)。みなさんにも、マッサンとエリーという夫婦の生きざまから、このメッセージがうまく伝わっていればいいなと思います。

櫻井

『マッサン』の構想を立ててから苦難の連続でしたが、いま自分が感じている風景というのは、絶対に今まで見たことのないものです。いろんなひとの力を借りてここまで連れてきてもらった気がするのですが、「とにかく踏み出さないといけないんだ」と実感しています。今回、脚本の完成度にこだわればこだわるほど、時間がかかり、現場を支えるスタッフ一人ひとりの努力、人知れず苦しんだ時間は相当なものだと思います。準備することが多岐にわたり、しかも、準備時間がどんどん短くなってくる。シャーロットだってそうです。セリフを覚える時間がどんどんキツくなる。本当に誰しもに厳しい制作環境だったと思います。でも、出来上った羽原さんの脚本が“ラブレター”となって、キャスト・スタッフの心を動かし、ドラマを見てくださったみなさんの反響となって返ってきたんだとも思っています。僕にとっては、忘れられないドラマになりました。「一歩を踏み出せば、もしかしたら違う風景が見える人生がある」……みなさんにもそう感じてもらえれば、非常にうれしいですね。

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