TOKYO
2006.6.2.
☆イタコTHE青森改め、杉田セリフ 顔

 毎月、新宿歌舞伎町のイベントホール「FACE」で、「西口プロレス」の公式戦が開催される。このごろは満員札止めの盛況で、650人もの観客が押し寄せる。

 もっとも、リングに登場するのは、プロレスラーとは思えない、がりがりやぶよぶよ(失礼!)、あるいはかなりの小柄。筋肉もりもりは「禁止」なのである。

 技を危なっかしく連発する一方、お笑いネタをふりまき、場内を爆笑の渦に巻き込む。そこに、実況中継が突っ込んで、さらに盛り上げる。

 人気急上昇の「西口プロレス」は、5年前、売れないお笑い芸人12人が集まり、新宿西口(じつは南口)の人形劇場の舞台で旗揚げした。「選手」はほとんどがお笑い系の芸人。そこでリング・ネームは──。

 焙煎TAGAI、ダーティ仮面、ザ・オバサン、ハチミツ二郎、ラブセクシー・ローズ、ドン・クサイ、超能力少年ダイジなど、いずれも一癖ありげ。最近バラエティ番組に引っ張りだこの長州小力やアントニオ小猪木も、もともと「西口」のスターである。

 なかでひときわ異彩を放つのが、イタコTHE青森。「西口」の初代ヘビィ級チャンピオンで、「これが新日本プロレスならハルク・ホーガンかな」と、本人、痩せた胸を張る。

 「イタコ」は、ものまねが得意で、ジャイアント馬場など、他界したレスラーを降霊させる離れ業を演じてきた。挙げ句は存命中の「生き霊」まで呼び出す。このリング・ネームも、怨霊のふるさと、恐山(青森県)にちなんでいる。

 ところがあっさり、杉田セリフに改名してしまった。本名・杉田洋(ひろし)、33歳。「イタコ」と決別したワケは?

 「渥美清さんのようなお笑い役者として、一生やりたい。一発屋にはなりたくない。で、場当たりな名前はやめた。だけど、もちろん売れたい。30歳過ぎて相変わらず売れない芸人が、悩んでるんですよ」と、心の内を明かす。

 超満員のプロレス戦で活躍した数日後、三軒茶屋へ。格闘技で酷使した身体の節々がまだ痛む。ライブハウスの舞台に上がり、芸人に徹し漫談をする。こちらの観客は10人もいない。プロレスごっこはうけても、芸の現場はきびしい。

 杉田さんの出身は青森、ではなくて、「変に近い」小山市(栃木県)である。東京までJRで1時間前後。

 3人兄弟で、ひとりだけ落ちこぼれだったという。ゲーム好きのひきこもり。一人暮らしを決心し、高校卒業後に上京した。あっちこっち芝居や映画を観るようになり、「これだ!」と、お笑いに目覚めた。

 「学校の勉強はできない。部活も長続きしない。ダメな俺。コンプレックスのかたまりだから、どっかで勝たねば。芸人・杉田セリフで勝負したいんです」

 スーパーやドラッグ・ストアの店先で、化粧品の出張販売をして生活費を補う。「みなさん、こちらに寄ってくださいよ。ほら、そこのおかあさん、ほんと若いんだから。どうぞどうぞ」

 そう呼ばわると、なんだか「寅さん」を演じているみたいな気分にもなれる。束の間の陶酔である。
2006.6.2.
〈注〉ただし、西口プロレスのリング・ネームはジャイアント小馬場。

読売新聞都内版・木曜日「枝川公一の東京ストーリー」連載中!


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