2018年1月以来、既存店の前年同月比の客数が16カ月連続で落ちていた「丸亀製麺」。それが今年5月に客数増に転じた。その裏には、すご腕のマーケターとして知られている刀(東京・品川)の森岡毅CEOの存在があった。
うどん店「丸亀製麺」はお客の目の前で、小麦粉と塩と水だけで作った、できたてのうどんを提供するという「最大の強み」をテレビCMで訴求することで、既存店に新規客を呼び込むことに成功した。
この施策の発案者が、マーケティングコンサルティング会社、刀の森岡毅CEOだ。森岡氏はP&Gを経て2010年にUSJに入社後、難易度が高過ぎてクリアできないアトラクション「バイオハザード・ザ・リアル」などユニークなアイデアを次々に実現。2016年の退任時までにUSJ年間の入場者数を約2倍にまで増やしたすご腕のマーケターとして知られている。
丸亀製麺を展開する外食大手、トリドールホールディングス(以下、トリドール)の粟田貴也社長と刀の森岡毅CEOは、2019年6月25日に両社の取り組みを説明する記者会見を開催。その席でトリドールの粟田社長は「5月の既存店の売上高は非常に良かったが、6月もかなり力強い」と業績回復への自信を示した。
トリドールと刀の森岡氏が契約したのは18年9月。既存店の客数減が続き、「何かがこれまでと違う」とトリドールの粟田社長は危機感を抱いた。人口が減少し、オーバーストア状態にある外食市場の中では、うどん店経営も縮小均衡が避けられない。普通ならそう考えて、合理化で利益を増やすことを考えても良さそうなものだが、刀の森岡氏とトリドールの粟田社長が取り組んだのは、「ブランドの再設計」(森岡氏)だった。
すべては確率で決まる
消費者があるブランド(商品やサービス)を選ぶかどうかは「確率で決まる」というのが森岡氏の持論。「選ばれる確率は、消費者が無意識に抱くブランドへのイメージと因果関係があり、広告を含めて顧客とのコミュニケーションを有効に行うことで選ばれる確率は高まる」(森岡氏)。
問題はブランドの良いイメージをどう伝えるかだが、丸亀製麺の「強み」は全店に製麺所があり、小麦粉と塩と水だけで作った、できたてのうどんを提供することにある。しかし、そうしたこだわりは丸亀製麺側にとっては自明だったが、調査してみると実は消費者にあまり知られていないと分かった。そこで1月下旬からのテレビCMでは、その「こだわり」を伝えることだけに集中した。それが、「ここのうどんは、生きている。」という丸亀製麺のうどん自体のおいしさをPRするテレビCMだった。
実際、森岡氏らの読み通りに来店客数のトレンドは再び増加に転じた(図参照)。6月からは再び、女優の清野菜名を起用し、丸亀製麺のうどんの魅力を紹介するCMを打っている。
広告は左脳向けと右脳向けで
森岡氏らの分析では国内のうどん市場は外食がおよそ1割で、中食・内食が9割を占めるという。つまり、中食・内食でうどんを食べている消費者に「丸亀製麺でうどんを食べたい」と思ってもらえれば、まだまだ客数は増やせるというのが森岡氏の仮説だ。実は6月からのCMには2種類あり、1つは左脳(論理)に、もう1つは右脳(感覚)に訴えかける狙いで作られている。これも消費者が丸亀製麺を選ぶ確率を少しでも高めるための工夫だ。
「うどんはみんな好きですが、外食までしたいとなると割合が1割になってしまう。でも、これが1.5割とか2割、あるいは3割になったときのことを考えれば、膨大な鉱脈があることに気付くはず」(森岡氏)。
従来の丸亀製麺は、フェアーで肉やカキを使った期間限定のメニューを導入し、それで客数増や売り上げ増を狙ってきた。しかし、それは陥りがちな誤りだと森岡氏は指摘する。
なぜならフェアーはもともと、店をよく利用している常連客向けの対策としては大切だが、新規客獲得には効きにくいからだ。肉やカキといったトッピングメニューの魅力をいくら伝えても、それ以前に「うどんを食べたい。それも丸亀製麺で食べたい」と思ってもらえなければ丸亀製麺が消費者の選択肢に残れない。例えば、丸亀製麺の広告を見て、カキがおいしそうだと思ったとしても、丸亀製麺のうどんのファンでなければ、別の店にカキフライを食べに行ってしまうかもしれない。だから、丸亀製麺のうどん自体の魅力をまずは消費者に知ってもらうことこそが、新規客を獲得する可能性を高めるうえで大切な前提条件となる。
さらに「CMなどで丸亀製麺の魅力を伝えることも重要だが、店頭での体験こそが10倍大切」と森岡氏。入店から食事を済ませて退店するまでの動線のどこで何をすべきかなど、USJでの経験を生かした店舗運営の指導も始めている。客数増や顧客満足度の向上でブランド力が高まれば、必然的に客単価も上げられるというのが森岡氏の持論。丸亀製麺が将来、どう変わっていくのかに注目したい。
(写真/大高和康)