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[アベノミクス第二の矢]ついに暴かれた公共事業の効果〔1〕

『Voice』2014年6月号より》

 

日本のGDPは公共投資が減っても増加している

 

ケインズ政策の前提が崩れている

 アベノミクスの第二の矢、機動的な財政政策の効果は小さい、と議論することには反発があるようだ(本誌2014年5月号、藤井聡「ついに暴かれたエコノミストの『虚偽』」)。しかし、それが事実である以上、そう主張するしかない。

 なぜ事実であると考えることができるのか、を説明する前に、アベノミクスの第一と第三の矢についても簡単に書いておきたい。これらについては、本誌2013年5月号「TPP交渉参加で甦る日本」、2014年3月号「法人税減税とTPPで復活する日本」でも書いたことだが、その後の進展もあるので、追加的に説明したいことがある。

 第一の矢、大胆な金融緩和については、そうすることが確実になって以来、雇用、生産、消費、すべての経済指標が好転し、消費者物価上昇率も1%を超えてデフレ脱却が確実になっているのだから、効果のあることは明らかである。

 株が上がって一部の金持ちが得をしているだけだという批判があったが、4月1日に発表された日銀短観でも、中小非製造業の業況判断(「良い」-「悪い」)が、22年ぶりにプラスとなった。公共事業拡大の恩恵を受けている建設業、砂利採取業を除いて平均を取ってもプラスになっている。これは戦後最長の景気回復となった小泉内閣下の景気回復でもなかった(だから、実感なき景気回復といわれた)。金融緩和の効果が中小企業にまで波及しているということである。

 第三の矢については、成長戦略が規制緩和、貿易・投資の自由化、雇用の促進なら効果があるが、特定の産業に補助金を付けてもうまくはいかない、と私は書いた。規制緩和は重要であるが、なかなか大きな効果があるものを見出すのは難しい。女性の活用、TPP、法人税減税などは大きな効果があると私は考えているが、政府もその方向に向かって進んでいくようである。

 第二の矢、機動的な財政政策については効果が小さいと書いた。その後の進展を見ると、私の正しさがさらに明らかになっている。それは、建設工事費が上がっていることである。

 ケインズは、失業者がいるのだったら、穴を掘ってまた埋めるような仕事でも、失業させておくよりマシだといった。賛成はしないが、一理はある。失業者にただお金を配って生活できるようにするより、そうしたほうがよいかもしれない(もちろん、有益な公共事業をすればなおさらよい)。

 しかし、建設工事費や建設労働者の賃金が上がっているということは、その分野ではもはや資材や人は余っていないということである。ケインズ政策を行なう前提が崩れている。

 

なぜ公共事業の効果は小さいのか

 建設工事費が上昇しているということは、私が考えていた以上に効果が小さくなっているということだ。では、なぜ私は公共事業の効果が小さいと述べてきたのか。その理由は以下のとおりである。

 まず第一に、公共事業をするとは、建設国債を出して建設投資をするということだから、それをしない場合より金利が上がって、民間の投資を押しのけてしまうからである。これはクラウディング・アウトといわれるものである。

 第二に、金利が上がれば資本が流入して円高になる。円が上がれば輸出が減少して、公共事業の刺激効果を減殺するからである。これはマンデル=フレミング・モデルといわれるものの結果である。なお、クラウディング・アウト、マンデル=フレミング・モデルの意味するところは、「公共投資で景気を刺激したいのなら、同時に金融を緩和しなければ効果はない、もしくは減殺される」ということである。

 第三に、効果の小さい公共事業をすればそれだけ将来は貧しくなるということだから、消費が減る。東日本大震災の復興工事で巨大な防潮堤や高台の団地を造成しているが、そこに住む人はいないという状況が生まれるだろう。いくら災害から守っても、守られるべき人がいなければ無駄な投資ということになる。

 第四に、国の借金が増えれば将来には増税が必要になるわけだから、そのためにいま貯蓄して将来の増税に備えるので消費が減る。この説明に対して多くの読者は、そんなことは非現実的だと思われるだろうが、年金や高齢になったときの医療費、介護費などについて考えれば、それほど非現実的でもない。国の借金が巨額になれば、国家は将来の社会保障支出を賄えないので、自分で準備するしかない、すなわち、貯蓄するしかないと思っている方は多いだろう。

 第五は、すでに述べた公共事業が民間の建設投資を押し出してしまう効果である。建設クラウディング・アウトと呼ぶことにしよう。日本には、東日本復興、福島原発事故の処理、東京オリンピックという、しなければならない建設工事がある。被災地域の生活を取り戻すためには、住宅と漁港や水産加工所などの再建が何よりも必要だ。福島原発から放射能が漏れないようにするためには、地下水が流れ込まないように周りを遮水壁で囲まなければならない。核燃料を取り除くためには巨大なクレーンをつくらなければならない。東京オリンピックのためには斬新なデザインの新国立競技場、その他の会場、交通インフラの追加的な建設をしなければならない。要するに、巨大な建設事業をしなければならない。

 しかし不要不急の工事をすれば単価が上がって、他の必要な建設工事の妨げになる。第二の矢の財政拡大政策は再考すべきときである。東京赤坂の高級マンションで上下水道に必要なパイプを通す穴が開いていなかった事故、沖ノ鳥島に桟橋をつくる工事で死者が出た事故、これらは日本の建設業の人材が払底していることを示唆するものである。政府は、公共事業を削減するより外国人労働力によって公共事業をしようと考えているらしい。自国民の雇用をつくるためなら多少の非効率にも意味があるが、他国人のためにそうする必要はないと私は思う。

 政府支出で雇用をつくるなら、できるかぎり特定の支出に偏らないほうが望ましい。特定の支出に傾けば、供給のボトルネックが生まれて価格が上昇し、雇用拡大効果を阻害する。

 ついでながら、私がいつも不思議に思っていることがある。公共事業の好きなエコノミストは立場的に右派である方が多い。右派なら公共事業より防衛費増額に力を入れるべきではないか。防衛備品の製造は広範な産業を潤し、自衛官であれば希望者も多い。ボトルネックを気にすることなく、景気刺激効果を得られるはずだ。公共事業に国費を投ずれば、防衛費の増額が難しくなる。

<<次ページ>> 他の不況要因を除外して考えるべき

 

著者紹介

原田 泰(はらだ・やすし)

早稲田大学政治経済学部教授

1950年、東京都生まれ。1974年、東京大学農学部卒。経済企画庁、財務省、大和総研などを経て、現在早稲田大学政治経済学部教授。東京財団上席研究員を兼務。
著書に、『日本国の原則』(日本経済新聞社/第29回石橋湛山賞受賞)、『TPPでさらに強くなる日本』(PHP研究所/東京財団との共著)ほか多数。

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