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TVアニメ『メイドインアビス』音楽プロデューサーに聞く制作秘話。どの国の音楽でもない“アビス的”劇伴はこうして生まれた!

TVアニメ『メイドインアビス』音楽プロデューサーに聞く制作秘話。どの国の音楽でもない“アビス的”劇伴はこうして生まれた!

2017年の夏クールも多種多様なアニメ作品が放送されたが、そのなかでも大きな注目を集めたのが『メイドインアビス』だろう。原作は漫画家のつくしあきひとがウェブコミックサイト「コミックガンマ」で連載中のファンタジー作品なのだが、その独特の雰囲気を持つ世界観をアニメーションへと落とし込んだ完成度の高さは、驚嘆に値するものだ。

映像、シナリオ、演出など、語りどころの多い本作において、やはり一級品の仕上がりとなっているのが劇伴。9月27日にリリースされるオリジナルサウンドトラックは、単純に音楽作品として聴いても素晴らしい内容と言えよう。本稿では、『メイドインアビス』の音楽制作を担当したIRMA LA DOUCEの音楽プロデューサー・飯島弘光氏への取材で得た発言を交えながら、その音楽的な魅力を紹介していく。

取材・文 / 北野 創

柔らかなタッチで描かれるファンタジー世界から、物語は過酷な深淵へと向かう

『メイドインアビス』という作品の魅力を語るにあたって、まず共有しておきたいのは、その独創的な世界設定だ。物語の舞台となるのは、とある孤島に存在する人類最後の秘境と呼ばれる大穴〈アビス〉。その果てが知れないほど深い巨大な縦穴には人知を超えた世界が広がっており、さまざまなモンスターや超常現象の類いが溢れるほか、下層から上昇する際には〈アビスの呪い〉と呼ばれる人体への影響が生じ、最悪の場合は死に至るという危険極まりない場所だ。

ただ、そこには現代の人間には作りえない貴重な〈遺物〉が眠っており、それらの不思議を求めて〈探窟家〉と呼ばれる人々が日々冒険を試みている。主人公の少女・リコは、大穴の縁に築かれた街で暮らす見習いの探窟家。彼女の母親はアビスの底へと旅立った伝説級の探窟家で、リコは母のような偉大な存在になることを夢見ている。そんな彼女がある日、アビスを探窟中に少年の姿をしたロボットのレグと出会い、母の手がかりを求めて彼と共にアビスの底へ旅立つ――というのが物語の大筋だ。

リコたちがアビスに旅立つまでの序盤は、キャラクターデザインのかわいらしさも相まって、柔らかなタッチのファンタジー世界といった印象を与えるが、大穴の中の世界が描かれる中盤以降は趣きが一変。モンスターに遭遇したり、幻覚や幻聴に襲われたりといった過酷な状況が続き、しかも深層に進めば進むほど環境はよりハードなものになっていく。そういった不思議に満ち溢れたアビスの世界を異世界情緒たっぷりに脚色し、リコたちの冒険をいっそうドラマティックに彩っているのが、今作の劇伴音楽と言えるだろう。

ロンドンの若きクリエイターが劇伴音楽でチャレンジしたこと

その劇伴を手掛けたケビン・ペンキンは、オーストラリア出身で現在はロンドンに住む作曲家。まだ20代の若さながら、数々のゲームやアニメ音楽の制作に携わり、〈ファイナルファンタジー〉シリーズで知られる音楽家の植松伸夫とのコラボレーションも経験したことのある俊英だ。IRMA LA DOUCE所属のクリエイターでもある彼は、2016年にTVアニメ『ノルン+ノネット』、OVA作品『Under The Dog』の劇伴を担当。それらの仕事で築いた飯島とのパートナーシップが、『メイドインアビス』のオーケストラとシンセサイザーを組み合わせた音作りに活かされている。

「今回は音楽も個性的なものを残したいというお話で、普段とは違うチャレンジングなことができそうな機会でもあったので、僕とケビンでコンセプトを作りこんで監督やプロデューサーにプレゼンしたんです。そのコンセプトというのが〈ミニマル〉〈トライバル〉〈環境音楽〉という3つのモチーフでした」

ここで飯島氏が言う〈ミニマル〉とは、いわゆるダンス・ミュージックの文脈におけるミニマリスティックな音楽のこと。テクノやハウスなどのシーケンスによって組み立てられた、反復するビートが主体の音楽を指す。同じく〈トライバル〉も民族音楽そのものではなく、それらの音楽的要素を取り入れたテクノやハウスのことだと言う。実際に「Maul」はガムランのような音色がエキゾチックな雰囲気を醸し出すハードなトライバル・テクノだし、怪しげな反復ビートが緊迫感を生む「Tasukete」、マリンバとチャントのような声が混ざり合った「Jungle Run」など、ダンス・ミュージックからの影響をストレートに感じさせる楽曲は多い。

それに加えて「Crucifixion」では先鋭的なモダン・テクノ作品に通じる音響ノイズに挑戦。シンセの音色が水面の波紋のように広がる「Butterfly Atmospheres」はアンビエント、弦楽がミニマルなフレーズを重ねていく「Gallantry and Recapitulation」はスティーブ・ライヒなどの現代音楽を思わせる。それらどこかミステリアスな雰囲気を持った音楽は、まさに〈ミニマル〉〈トライバル〉〈環境音楽〉のモチーフを感じさせるものであり、同時に『メイドインアビス』の厳しく幻想的な世界観にマッチしたものと言えるだろう。

また、今作の劇伴において注目されるのは、音楽の街・ウィーンのスタジオにてレコーディングされたということ。ロンドンの王立音楽大学の映画作曲科で修士号を取得し、在学中にオーケストラによるコンサートを実施するなど、クラシック音楽を自身の音楽スタイルの基盤に持つケビン。今回は、かつてワークショップで師事していたウィーンのコンサートマスターのもとを訪ね、彼のいるスタジオ(Synchron Stage Vienna)での録音を決行したのだという。

「今回は内向的な曲が多かったですし、自宅で作れてしまうところもあったので、誰かと関わって音を広げたいということもあって、オーケストラの音はウィーンで録ったんです。ケビンはストリングスを生で録ることが多いんですけど、やはり録る場所によって音が全然違うと言うんですね。僕の印象だと今回の録音は非常にエモーショナルでクラシカルな音になっていて、作品にすごく合っていると思います」

重要な役割を持った2つのボーカル曲

さらに特筆すべきは、劇中でも効果的に使われた2曲のボーカル曲だ。第1話の序盤でメインテーマ的に流れる「Underground River」は、菅野よう子が音楽を手掛けたアニメ『WOLF’S RAIN』(2003年)の劇中歌「strangers」を歌ったことでも知られるアメリカ在住のシンガー、ラージェ・ラメイヤ(Raj Ramayya)が歌唱。彼の天にたゆたうような儚い美声が、オーケストレーションと柔らかな音響が織り成す神秘的な光景と溶け合う逸曲だ。

「この曲は、監督から〈メインテーマになるような曲がほしい〉というお話をいただいて試行錯誤していたときに、ケビンが自分で歌って送ってきた曲なんです。もともと歌を入れる予定はなかったんですけど、彼がやりたいと思ったことは大切にしたいと考えまして。で、ケビンが誰かとコラボレーションしたがっていたので、彼が中学生のころから大好きだというラージェさんにコンタクトを取って歌っていただきました」

そしてもう1曲の「Hanezeve Caradhina」では、SNARECOVER名義でも活動する北海道のシンガー、斎藤洸を起用。どこか悲壮な雰囲気を帯びたストリングスと曲が進むにつれて激しさを増すビート、中性的なハイトーン・ボイスは圧倒的な高まりを生み、『メイドインアビス』の深遠な世界をドラマティックに盛り立てる。劇中では第1話や第8話の印象的なシーンで使われており、ある意味この作品を象徴するような一曲とも言えるだろう。

「僕も最初はそうなると思ってなかったんですけど、監督が気に入って使ってくれたみたいで。作品にとってすごくいい効果になってると思っています。最初に作ったバージョンではわりと普通に終わってたんですけど、もっとシューゲイザーっぽくどんどん盛り上がっていく感じにしたいと思って、ビートを足したりもしたんです」

かようにさまざまな音楽的要素を融合させて、どの国の音楽でもない、まさにアビス的と呼ばざるを得ない世界を表現している今作の劇伴。サントラを聴いてリコとレグの冒険を思い返すも良し、アビスの神秘に思いを馳せるも良し、あるいは作品と切り離して純粋に音楽として楽しむも良し。あなたもこのどこまでも奥深い音楽の大穴へ、探窟に出てみてはいかがだろうか。

TVアニメ『メイドインアビス』

AT-X、TOKYO MX、テレビ愛知、サンテレビ、KBS 京都、TVQ 九州放送、サガテレビ、BS11にて放送中
Amazon プライム・ビデオにて見放題独占配信

【スタッフ】
原作:つくしあきひと(竹書房「WEB コミックガンマ」) 監督:小島正幸 副監督:垪和等 助監督:飯野慎也 シリーズ構成:倉田英之 脚本:倉田英之、小柳啓伍 キャラクターデザイン:黄瀬和哉 生物デザイン:吉成鋼 プロップデザイン:高倉武史 美術監督:増山修 色彩設計:山下宮緒 撮影監督:江間常高(T2 studio) 編集:黒澤雅之 音響監督:山田陽 音楽:kevin penkin 音楽制作:IRMA LA DOUCE 音楽制作協力:KADOKAWA アニメーション制作:キネマシトラス

【キャスト】
リコ:富田美憂 レグ:伊瀬茉莉也 ナナチ:井澤詩織 オーゼン:大原さやか マルルク:豊崎愛生 ライザ:坂本真綾

©2017 つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス製作委員会

TVアニメ『メイドインアビス』オフィシャルサイト