ウルトラス
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/02 04:00 UTC 版)
ウルトラス(Ultras)とは、サッカーにおける熱狂的なサポーターグループを指す言葉である。
- 1 ウルトラスとは
- 2 ウルトラスの概要
- 3 概要 
ウルトラス・ニッポン
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/27 08:00 UTC 版)
ウルトラス・ニッポン(ULTRA' NIPPON、ULTRAS NIPPON)は、サッカー日本代表のサポーター集団。通称は省略して「ウルトラス」[1]。代表サポーターの最大派閥として、様々なアイデアの創出や、行動力で代表の応援をリードしている[2]。なお、当該集団は組織化された集団ではなく、リーダーの植田朝日を中心とした緩やかなまとまりが特徴とも評される[2]。
注釈
- ^ この間、ホーム側では別のグループ(Jリーグサポーター連合、J連)がホーム側を統制していた[2][7]。同集団はウルトラスとは敵対関係にはないものの、応援方法について異なる意見や考えを持っていた[2]。
- ^ 現在、日本代表のアウェイ側ゴール裏(国立の12番ゲート)で活動しているのは「Number12」を中心とするグループであり、事実上引き継いでいる。
- ^ 植田は翼をくださいについて「ワールドカップ出場が決まった後にテレビで山本潤子(元赤い鳥のボーカル)っておばさんが「私と朝日さんがいろいろ相談して私の曲(翼をください)を選んでくれた」と主張していたが、実際に会ったこともない」と発言している[11]
- ^ 作家のサイモン・クーパーは著書の中で「凱旋行進曲」の旋律を唄う日本サポーターについて「日本のファン気質は愛国的というより国際的な印象を受ける。これがナショナリズムなら害のない休日用のナショナリズムだ」と評した[14]。
- ^ ライターの岡田寛によれば1997年のワールドカップ予選の際、インターネットの掲示板サイト「J-NET」において青いポリ袋を使った応援が最初に発案され、掲示板での交流と情報交換を通じて普及するに至ったとしている[20]。
- ^ ウルトラスのメンバーの一人は「紙吹雪をちゃんと片付けるというのが、なにかいい話にされちゃって」と証言している[19]。
脚注
- ^ a b c d e f g 植田 2002、10-12頁
- ^ a b c d e 岡田 2002、303-305頁
- ^ 日本サッカー狂会 2007、162-164頁
- ^ 後藤 1996、320-321頁
- ^ 日本サッカー狂会 2007、174-175頁
- ^ a b “WHAT'S ULTRAS”. ULTRA' NIPPON 2011年6月16日閲覧。
- ^ 熊崎敬 (2021年9月27日). “「サッカー代表に熱心なサポーターがいなかった…」日本代表のゴール裏でよく見る超巨大ユニフォーム(100kg)はこうして誕生した”. Number Web 2022年11月27日閲覧。
- ^ 国立2連戦はホーム側 ULTRAS NIPPON Official BLOG
- ^ a b c 植田 2002、12-14頁
- ^ a b 大住 2005、171頁
- ^ a b c d 日本サッカー狂会 2007、242頁
- ^ a b 日本サッカー狂会 2007、170頁
- ^ a b c d 植田 2006、41-43頁
- ^ クーパー 2003、210頁
- ^ 宇都宮徹壱 (2005年2月10日). “「ジンギスカン」は聴こえたか?(1/2)”. スポーツナビ 2011年6月16日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “浦和は善戦だったか?”. 二宮清純責任編集 SPORTS COMMUNICATIONS. (2008年1月10日). オリジナルの2016年3月25日時点におけるアーカイブ。 2022年11月26日閲覧。
- ^ a b c 日本サッカー狂会 2007、177頁
- ^ a b c 大住 2005、169頁
- ^ a b c d e f 日本サッカー狂会 2007、237-239頁
- ^ 岡田 2002、308頁
- 1 ウルトラス・ニッポンとは
- 2 ウルトラス・ニッポンの概要
- 3 関連項目
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