T型フォードとは? わかりやすく解説

フォード・モデルT

(T型フォード から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/21 19:44 UTC 版)

フォード・モデルT(Ford Model T)は、アメリカ合衆国フォード・モーター社が開発・製造した自動車である。


注釈

  1. ^ 一部に3速と記載している文献が見られるが、フォード社自身がローギアよりも低速ギア比のリバースギアを「非常用ローギア」として算入し、広告などで3速を称していたケースがあるためで、すべてのモデルT/TTは前進2速、後進1速の変速機を備える。
  2. ^ ブリキエリザベスちゃん」の意。
  3. ^ 乗用車仕様のモデルTとトラックシャシーのモデルTTの合計。
  4. ^ 和田(2009)p21-23の考証によれば、1906年のピケット工場におけるN型の製造工程写真と、1911年頃のハイランドパーク工場におけるT型の製造工程写真には、いずれも窓際の作業机に万力が並んでいた。従って、マイクロゲージによる管理を行ってもなお現場では部品加工用の万力を常備し、加工精度の不十分な部品の手直しを強いられていたと推察されるという。一方1913年のハイランドパーク工場内の写真からは、まだ流れ作業化前だが万力がなくなっており、和田はおそらくこの時期に至って部品の手仕上げ調整がほとんどなくなったのではないかと論じている。
  5. ^ この組立時間短縮の数値は多くの文献に流布されているが、厳密なものであるかは疑義がある。和田(2009)p5-26における考証では、1914年時点でのフォード工場実地研究をもとに1919年に刊行されたH.L.Arnold、F.L.Faurote編著「Ford Methods and Ford Shops」を典拠とする可能性が高いが、多くの文献で混乱が見られるという。
  6. ^ 改善を提案したクーゼンスもヘンリーの予想外な命令には驚愕したという。
  7. ^ ヘンリー・フォード自身が自伝「我が人生と事業」で「当時建設中だったハイランドパーク工場の土地・建物費用捻出のため、一時値上げをした」ことを記している(和田:2009 p36)。
  8. ^ 1922年の買収時点でその唯一の製品「モデルL」は、品質と走行性能はキャデラックを凌駕するほどに卓越していたが、架装されるボディデザインが武骨で商品性を欠き、高級車の購入層に食い込むことができなかった。
  9. ^ GMには化学メーカーのデュポンの資本が入っており、新しいラッカー系塗料を用いることができた。
  10. ^ GMの最高級車であるキャディラック。
  11. ^ GMは1919年にオートローンを取り扱う金融子会社のゼネラルモーターズ・アクセプタンス・コーポレーション(GMAC、2006年にGM系列を離れて現Ally)を設立し、見込み顧客である大衆層の自動車購入を支援する販促策を整えた。
  12. ^ 太い低圧タイヤ。それ以前の主流であった細身の高圧タイヤに比して乗り心地が改善される。
  13. ^ 広大な北米大陸には、開拓時代が終焉した20世紀前半に至ってもそのような未開地が多く存在した。
  14. ^ 当時の自動車では、ガソリンの品質ばらつきやエンジンコンディションの不安定から、手動のタイミング調整機能は必須装備であった。
  15. ^ この仕様は高級車のモデルKでさえ例外ではなかった。
  16. ^ 風防:フロントウィンドウのこと。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 五十嵐:1970
  2. ^ バナジウム鋼とT型フォード『20世紀の巨人産業家』49-52ページ
  3. ^ 『世界の自動車 フォード-1』二玄社 1970年 P.29
  4. ^ a b 和田:2009
  5. ^ a b c d e f g 樋口:1996
  6. ^ T型からA型への変更の断行『20世紀の巨人産業家』273-285ページ
  7. ^ チャールズ・ソレンセンの回想による。
  8. ^ 佐々木烈「日本自動車史 写真・資料集」p151-152(2012年 三樹書房)
  9. ^ 佐々木烈「日本自動車史Ⅱ」p91-92(2005年 三樹書房)



T型フォード

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ヘンリー・フォード」の記事における「T型フォード」の解説

T型フォードは1908年10月1日発表された。ハンドルステアリング)が左にあり、間もなく他社もそれに倣ったエンジンとトランスミッション全体ボンネット覆われている。エンジン4気筒一塊鋳造されている。サスペンションには2つの半楕円形バネ使っている。運転は非常に単純で、修理も容易かつ安価に済む。1908年発売当時富裕層相手の手作り自動車が3,000ドルから4,000ドル、同クラスの他メーカー自動車でも1000ドル近い価格であったのに対し、T型フォードは825ドル低価格であったその後年々価格下がっていき、1920年代にはアメリカ人ドライバーなら誰でもT型フォードの運転方法学んだことがあるという状況になっていた。 フォード新製品についての記事広告デトロイトあらゆる新聞掲載させる大々的広告展開行った。また販売店網を確立し北米のほとんどの都市販売店設けた。各販売店独立採算フランチャイズ方式であり、フォード宣伝だけでなく、モータリゼーション象徴ともなった新米ドライバー助けるモータークラブが各地にできた。フォード業務用自動車使おう考え農夫にも積極的に売り込んだ売り上げ急増し数年間は毎年100%以上伸び示した。常にさらなる効率化コスト削減努め1913年にはベルトコンベアによるライン生産方式導入し生産能力大幅に強化された。一般にフォードその方式のアイデア考案したとされているが、当時資料によればその方式を考案し発展させたのは Clarence AveryPeter E. Martinチャールズ・E・ソレンセン英語版)、C・ハロルド・ウィルズ(英語版)という従業員だった。ライン生産方式採用することで、販売価格低く抑えながらも販売数量を拡大することができ、企業利益確保するという考え方実現できた。この大量生産方式は他の工業生産にも応用され20世紀工業社会可能にした。 1914年には販売台数25台を越えた1916年には最も安価なモデル360ドルという価格になり、販売台数47万2千台に達した1918年までに、アメリカで保有される自動車半分はT型フォードとなっていた。車体の色は黒ばかりだったが、フォード自伝に「黒にしておけば、お客様好きな色に塗り替えることができる」と記している。ライン生産方式採用する以前、黒の塗料が最も乾き早いので黒にしたという事情もある。実際、赤など他の色のT型フォードも販売されていた。T型フォードは1927年まで生産され続けた最終的な総販台数15,007,034台で、1908年登場から19年間で樹立した記録である。この記録45年破られなかった。 1918年ウッドロウ・ウィルソン大統領アメリカ合衆国上院選挙にてミシガン州民主党から立候補するようフォード依頼した第一次世界大戦中だったが、フォード平和主義唱え提案されていた国際連盟強く支持した結果、元アメリカ合衆国海軍長官共和党から立候補したトルーマン・ニューベリ敗れた1918年12月ヘンリー・フォードフォード・モーター社長職を息子エドセル・フォード譲った。しかし最終決定権保持し続け、しばしば息子決定覆した。そして Henry Ford and Son という新会社設立しフォード・モーター重要な従業員引き抜いた。これはフォード・モーターの他の株主恐れさせ、株価が下がる前にを売らせ、自身がその買い取ってフォード・モーターを完全に制御できるようにする企みだった。この策略うまくいき、ヘンリーエドセル株式占有してフォード一族会社所有権確保することになった1920年代半ばには、ライバルとなったシボレークライスラー新しデザイン多彩なカラー導入したため、同じデザイン黒一色しかなかったT型フォードの売り上げ落ち込み始めた息子助言にも関わらずフォードはT型フォードのデザイン変更することには強く反対した。この時代には、T型フォードはいわば時代遅れとなっており、新しデザインの車が求められのであるまた、他社クレジットによる自動車購入プラン提供したのに対しフォード社クレジット販売をしなかった。エドセルは、クレジット導入勧めたが、ヘンリーはこれにも反対した。これは、そのような仕組み経済悪影響与えるとの考えからであった

※この「T型フォード」の解説は、「ヘンリー・フォード」の解説の一部です。
「T型フォード」を含む「ヘンリー・フォード」の記事については、「ヘンリー・フォード」の概要を参照ください。

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