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SNK
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/11 10:00 UTC 版)
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 〒564-0053 大阪府吹田市江の木町1番6号 |
| 設立 | 1978年7月 |
| 事業内容 | 家庭用・業務用ゲーム機およびソフトの製造・販売、 アミューズメント施設の運営等 |
| 代表者 | 川崎英吉(代表取締役会長) 高堂良彦(代表取締役社長) |
| 資本金 | 38億7,371万円 |
| 売上高 | 371億円8000万円(1996年9月期) |
| 従業員数 | 1,091名(1997年4月20日現在) |
| 決算期 | 9月末日 |
| 特記事項:1999年4月現在のSNK公式ページのアーカイブをもとに作成。 | |
株式会社エス・エヌ・ケイ(SNK)は、かつて1973年から2001年にかけて、ゲーム機やゲームソフトの企画・開発・販売、及びアミューズメント施設の経営などの事業を行っていた日本のゲームメーカー。
ループレバーや、業務用筐体と家庭用ゲーム機に共通フォーマットを採用し、自社の業務用ゲームをそのまま家庭でも遊技出来るゲームシステム「ネオジオ」の発売元として知られる。
目次 |
歴史と概要
新日本企画 時代(1973年 - 1986年)
神戸にあった電機会社が経営悪化を理由に、大阪で喫茶店と土建設業を経営していた元ボクシング選手の川崎英吉(かわさき えいきち 1944年 - )に資金提供を依頼したのを買収し、1973年に新日本企画を創業したのが始まり。1978年7月22日に株式会社として法人化。同社にアクションゲームや対戦格闘ゲームが多いのは、創業者の影響だと言われている。
創業当時の、アーケードゲーム史に残る有名なゲームは、主に以下の通り。
- 『センカンヤマト』(1978年):ブロックくずしのコピーゲームで、同社のデビュー作。
- 『スペースインベーダー』:タイトーからのライセンス生産で、以後同社のゲームは暫く、タイトーそっくりの作風が続いた。
- 『オズマウォーズ』(1980年):同社初のオリジナルゲーム(ただし実際の開発はロジテック)で、基板は『スペースインベーダー』の流用。
- 『サスケvsコマンダー』(1980年):多彩なボス戦や、ザコ敵の死体が撃ち返し弾扱いになるなど、当時としては画期的なアイデアが盛り込まれた。
- 『ASO』(1985年):ゼビウス型の対地/対空撃ち分けシューティングゲーム。
- 『T・A・N・K』(1985年):ループレバーを採用した独自の操作方式が特徴。同様のシステムを用いた続編として、『怒 -IKARI-』(1986年)、『怒号層圏』(1986年)、『怒III』(1988年)が作られ、4部作となった。
- 『アテナ』(1986年):ヒロインのキャラクターをアピールした作品であり、ギャルゲーのルーツとも言える。続編に、ヒロインの子孫が主人公である『サイコソルジャー』(1987年)がある。
1980年頃から同社の愛称として「新日本企画」のローマ字読み(Shin Nihon Kikaku)から頭文字を取って「SNK(エス・エヌ・ケイ)」とした。英字のコピーライト表記も「SNK ELECTRONICS CORP.」や「SNK CORP.」となっていた。
エス・エヌ・ケイ 時代(1986年 - 2001年)
1986年に愛称である「SNK」に社名変更することになったが、登記上は「エス・エヌ・ケイ」とせざるを得なかった。これは当時の法務省がアルファベットによる商号登録を認めなかったためである。そのため正式社名は「株式会社エス・エヌ・ケイ」となる。ちなみに、このような同じ経緯を辿ったゲーム会社にはエーディーケイ(旧社名:アルファ電子)など、違う業種の会社にはTDK(旧名:東京電気化学工業)やRKB毎日放送(旧社名:アール・ケー・ビー毎日放送)などがある。
1990年代にネオジオや対戦型格闘ゲームのヒットにより、会社規模を拡大して行く。大阪市交通局の地下鉄御堂筋線江坂駅(大阪府吹田市)周辺は、本社屋、開発社屋や直営ゲームセンター「ネオジオランド」が立ち並ぶ、エス・エヌ・ケイ関連の看板が目に付く街並みであった。
エス・エヌ・ケイが発売するゲームについてはシューティングゲーム、ロールプレイングゲーム、そして対戦格闘ゲームなどバリエーションがあったが、対戦格闘ゲーム『餓狼伝説』が大ヒット。これが同社の転機となり、同作はシリーズ化もされた。これを機に徐々に対戦格闘ゲーム偏重のラインナップとなり、対戦格闘の黄金期であった1990年代には『サムライスピリッツ』、『龍虎の拳』、『ザ・キング・オブ・ファイターズ』等の自社人気格闘ゲームを続々とシリーズ化し、同様に対戦格闘ゲームのヒットで規模を拡大した大手メーカーカプコンを凌ぐほどの成長を見せた。前述の「ネオジオランド」ほか直営アミューズメントパーク「ネオジオワールド」を展開するなど業種を拡大していく。
エス・エヌ・ケイの主戦力となった同社の対戦格闘ゲームであるが、各作品ともシリーズを経る毎に操作システムのマニアックな複雑化や、美形と女性キャラクターなど一部の人気キャラに偏重した登場人物の編成などの作りが顕著になり、それぞれの作品のCDドラマやテレビアニメ制作でメディア展開していった。
対戦格闘ゲームの驚異的な売上によってもたらされた潤沢な開発資金はエス・エヌ・ケイをさらに強気にさせる事になり、1997年末にはMVS(業務用ネオジオ)後継のハイパーネオジオ64を発売、1998年には同社初の携帯型ゲーム機ネオジオポケットを、そのわずか5ヶ月後にはネオジオポケットカラーを発売した。
1999年には東京・お台場の一等地に「ネオジオワールド東京ベイサイド」を開園、観覧車やジェットコースターなど当時の技術の粋を集めた最新アトラクションを完備しており、オープン時にはフジテレビとのタイアップでたびたび特集された。
一方で、当初は好調だったネオジオポケットが後発のゲームボーイカラーに対して劣勢になりはじめ、開園したばかりの「ネオジオワールド東京ベイサイド」が、同時期にリニューアルオープンした「よこはまコスモワールド」に話題を奪われるなど、事業拡大を続けたエス・エヌ・ケイの経営に次第にかげりが見え始めた。
2000年に入ると2D格闘ゲームブームが下火となり、市場が縮小し始める。しかし、エス・エヌ・ケイ自体が対戦格闘に傾倒し過ぎ開発リソースの大半を特化させていたため急な方針転換がかなわず、加えて先述した多角化経営が災いし経営状態が悪化。パチスロメーカーのアルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)の子会社となって立て直しを図るが、経営の悪化に歯止めがかからなかった。2001年4月2日、大阪地裁に民事再生法の適用を申請し再生手続きに入るが、再生計画を期限までに提出できず、同年10月30日に大阪地裁から破産宣告を受け倒産した。負債総額は約380億円。
1990年代中期から2000年代初頭にかけて経営破綻により姿を消したゲームメーカーとして、エス・エヌ・ケイは東亜プランやコンパイルとともによく取り上げられるが、その中でも桁外れに最大級の経営破綻であった。
倒産後、エス・エヌ・ケイ関係の権利は、系列会社であったプレイモア社(現SNKプレイモア)が引き継ぎ、現在も同社からエス・エヌ・ケイの一部作品の続編が発表されている[1]。
なお、江坂駅近辺にあった「ネオジオランド」はSNK倒産後も3店舗が営業を続けたが、SNKプレイモアの業務縮小に伴い2005年までに全て閉鎖された。跡地はほとんどが解体されて駐車場になっているが、江坂2号店の跡地(ビル)だけはSNKプレイモアの本社やショールームとして存在しており、かつての栄華を垣間見る事が出来る。
エピソード
- SNK がウェブサイトを開設するにあたり、ドメイン名を
neogeo.co.jpとしていた。これは、新日本空調という三井系の空調工事会社が先んじてsnk.co.jpドメインを取得していたためであった。 - SNKのロゴは1982年頃に使われ始め、1988年にマイナーチェンジされたが、これはSNKプレイモアとなった現在でも使われている。
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- 1 SNKの概要
- 2 提供していた番組
固有名詞の分類
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