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SMAP
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/29 11:13 UTC 版)
| SMAP | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 活動期間 | 1988年 - |
| レーベル | ビクターエンタテインメント(1991年 - ) |
| 事務所 | ジャニーズ事務所 |
| 公式サイト | SMAP - Johnny's net |
| メンバー | |
| 中居正広 木村拓哉 稲垣吾郎 草彅剛 香取慎吾 |
|
| 旧メンバー | |
| 森且行 (1988年 - 1996年) |
|
SMAP(スマップ)は、日本の男性アイドルグループである。所属芸能事務所はジャニーズ事務所。所属レコード会社はビクターエンタテインメント。
目次 |
メンバー
| プロフィール | |
|---|---|
| 中居正広 (リーダー) (なかい まさひろ) |
1972年8月18日(39歳)、A型、神奈川県藤沢市出身 |
| 木村拓哉 (きむら たくや) |
1972年11月13日(39歳)、O型、東京都出身 |
| 稲垣吾郎 (いながき ごろう) |
1973年12月8日(38歳)、O型、東京都板橋区出身 |
| 草彅剛 (くさなぎ つよし) |
1974年7月9日(37歳)、A型、埼玉県春日部市出身 |
| 香取慎吾 (かとり しんご) |
1977年1月31日(35歳)、A型、神奈川県出身 |
| 元メンバー | プロフィール | 備考 |
|---|---|---|
| 森且行 (もり かつゆき) |
1974年2月19日(38歳)、B型、東京都足立区出身 | 1996年脱退(退社) |
グループの歴史
デビュー
1988年4月、スケートボーイズ(後述)の中からグループ結成。結成当時の年齢はそれぞれ中居15歳、木村15歳、稲垣14歳、森14歳、草彅13歳、香取11歳。CDデビューまでのJr.内グループ期間が3年以上にわたり、その間アイドル番組やドラマ、舞台などに出演し、アイドルとしての人気を確保していった。グループ名は、事務所の社長・ジャニー喜多川による命名。 これは前身であるスケートボーイズのキャッチコピーでもあった。
1991年1月1日に日本武道館で最初のコンサートを行い、同年9月9日、「Can't Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。同時に、当時のアイドルが活動の主流としていた音楽番組が次々と減り「アイドル氷河期」と呼ばれる時代に入ってから、バラエティなどで活動することを選ぶ。NHK紅白歌合戦に「Can't Stop!! -LOVING-」で初出場。
1992年4月(デビュー半年後)、フジテレビの通称「Panasonic枠」にて、『夢で逢えたら』の後番組として開始した『夢がMORIMORI』へのレギュラー出演が決定した[1]。同番組における、当時のアイドルとしては異例であった本格的なコントなどが受けて、知名度と人気を獲得していく。
1994年に「Hey Hey おおきに毎度あり」で、初のオリコンチャート1位を獲得。
1995年に『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』の番組パーソナリティーを久本雅美と共に務めた。
1996年から『SMAP×SMAP』が始まり、大人気番組となる。ドラマ、バラエティ、コンサートと多方面に活躍し始めた。この年、森が幼いころからの夢であったオートレース選手になるために、SMAPを脱退。ジャニーズ事務所を退社して、芸能界からも引退した。(脱退時22歳で、オートレースの養成学校に入れるのは23歳が上限であるため)。
1997年、中居正広がこの年の『NHK紅白歌合戦』で白組初司会に選ばれる。
ミリオン達成
1998年1月14日、「夜空ノムコウ」がミリオンヒット。中居正広が『FNS27時間テレビ』の総合司会に選ばれる。
2000年8月30日、「らいおんハート」がミリオンヒット。11月23日、木村拓哉が結婚会見(相手は工藤静香。同時に工藤が妊娠していることも公表)[2]。
2002年4月、「夜空ノムコウ」が中学2,3年生の音楽の教科書に掲載される事が決定した。「SMAP'02 "Drink! Smap! Tour"」にて115万人を観客動員。一度のツアーでの観客動員数は日本国内最多である。
ダブルミリオン達成
2003年、「世界に一つだけの花」がダブルミリオン。同曲はアルバム『Drink! Smap!』に収録されており、『僕の生きる道』の主題歌に起用される。ドラマ人気と相まってこの歌も注目を浴び、急遽シングルカットしたCDの売上は250万枚を超える大ヒットとなった。『第54回NHK紅白歌合戦』ではグループとしては史上初、ポップス歌手としては25年ぶりに大トリを務めた。
2004年、香取が大河ドラマに出演しており、他のメンバーも連続ドラマ主演等があり、スケジュールが合うのが『SMAP×SMAP』の収録日だけという状況だった。そのためこの年はコンサートツアーはなかった(SMAPのメンバーの大河出演自体は1993年の『炎立つ』第一部における稲垣の出演という形で行われていたものの、通年作品ではなかったため特に問題とはならなかった)。このため「年内にシングルを1枚も出していない」という結果になり『第55回NHK紅白歌合戦』の出場を辞退し、これが2度目の出場辞退となった。2ちゃんねるに「SMAPが室蘭でコンサートを行う予定があるらしい」との書き込みからインターネットを通じてデマが広まり、ファンからの問い合わせが室蘭市へ殺到、後日室蘭市が「そのような予定はありません」と公式に発表した事件が起きた。
シングル総売上2000万枚達成
2005年、2年ぶりにコンサートツアーを行い、7月30日の札幌ドームを皮切りにアーティストの単独公演としては初の国立霞ヶ丘陸上競技場でコンサートを行った。ツアー開始に合わせ、シングル「BANG!BANG!バカンス!」とアルバム『SAMPLE BANG!』を同時発売し、発売当日でシングル、アルバムともにランキング初登場1位を記録した。3人組以上のグループが同日発売のシングル・アルバムで同時に1位を記録するのは1993年のWANDS以来12年ぶりの記録であった。12月19日にはオリコン史上4組目となるシングル総売上2000万枚突破。2002年1月21日、『SMAP×SMAP』のBISTRO SMAPコーナーに宇宙飛行士の毛利衛・野口聡一が出演し、この時の勝者(稲垣・香取ペア)の料理と野口が希望し草彅が作ったカレーが、野口聡一と共に5月15日、スペースシャトル「ディスカバリー」に乗り込んだ。その際、全世界同時生中継されたNASA共同記者会見に稲垣、香取が出席し、世界中の記者たちに混ざり英語で質問した。またディスカバリーでは、モーニングソングとして、「世界に一つだけの花」が一度流れた。『第56回NHK紅白歌合戦』に出場し、2回目の大トリを務めた。
2006年9月9日、CDデビュー15周年を迎えた。 2006年に行われたPop Up! SMAP LIVE! 思ったより飛んじゃいました! ツアーでコンサートの構成担当は中居正広であったが、次のコンサートからは香取慎吾が担当することになる。2007年、1月18日、文化庁to日本PTA全国協議会主催「親子で歌いつごう 日本の歌百選」の中に、「世界に一つだけの花」が選ばれた。
2008年、4月で、グループ結成20周年を迎えた。2005年発売のシングル「Triangle」が、この年から高校の音楽の教科書に使用されることが決まった(他に、「世界に一つだけの花」の歌詞も英語の教科書に引用された)。上海の複数の民間企業から「2009年4月30日にSMAPが上海万博のプレイベントとして、上海スタジアムでコンサートを行う」というニセの企画書によるチケット詐欺が起きたことがある。この騒動に、ジャニーズ事務所と所属レコード会社のビクターは公式HPに「そのような予定は一切ない」とファンに向けて警告文を掲載した。日本人アーティストでは当時史上最長の東京ドーム6日間公演を行った。
コンサート通算観客動員数1000万人達成
2010年1月4日、『SMAP×SMAP』4時間30分の生放送。番組として、またSMAPがメインの生放送は今回の放送が史上最長時間。しかし、香取が1月2日にインフルエンザを患ったため、4人での出演となったが、エンディングで香取が電話出演した。6月13日に上海万博の一環で、上海万博文化センターにてイベント「SMAP上海万博ファンの集い」を行うことを4月26日に発表。しかし、会場の混乱を懸念し6月5日に中止が決定した[3]。9月15日に、日本人史上初となるコンサート通算観客動員数1000万人を突破した[4]。10月9日・10日に上海体育場にてコンサートが行なわれる予定であったが、日中関係の悪化でチケット発売中止を中国側が行い、その後の協議の結果「安全確保の困難」を理由に無期限延期が発表された。8月25日に発売された『THE SMAP MAGAZINE』がオリコン年間タレント本ランキングで1位を獲得。2009年は中居の『私服だらけの中居正広増刊号〜輝いて〜』が年間タレント本ランキングで1位だったため、2年連続SMAP関連の書籍が1位となった。
2010年のSMAPがんばりますっ!!の放送が終わって約半年後の2010年7月1日には業界初となる毒トマト殺人事件というドッキリドラマが作成された。『第61回NHK紅白歌合戦』で5年ぶり3回目の大トリを務める。
2011年9月9日にCDデビュー20周年を迎えた。この年は東日本大震災の影響でコンサートツアーを行っていなかったが、デビュー20周年を記念して全国6箇所でファンミーティングを行った。また、11月12日、13日にはファンミーティングでは交流を図る事ができなかったファンも対象にしたイベントを行った。2回も延期された中国公演は、9月16日に、北京の工人体育場で、初の海外公演として、約3万人の観客を集めて行われ[5]、日中のマスコミに大きく取りあげられている。ちなみに2002年の日中友好国交正常化30周年の記念式典に中国政府はSMAPに打診したが、ジャニーズ事務所が厳しく、断念した経緯がある。『第62回NHK紅白歌合戦』で2年連続4回目の大トリを務める。
2012年2月16日に同年4月2日スタートのNHK朝の連続テレビ小説『梅ちゃん先生』の主題歌を手掛けることが発表された。ちなみにその主題歌の曲名が、「さかさまの空」である。グループ及びジャニーズ事務所所属アーティストが同枠の主題歌を手掛けるのは初めてのことであり、メンバーが一切、主演、出演していない作品の主題歌を手掛けるのも初めてとなった[6]。
「さかさまの空」が8冠を達成した。
NHK紅白歌合戦出場歴
『NHK紅白歌合戦』には、1991年からほぼ毎年出場しているほか、リーダーの中居が1997年、1998年、2006年、2008年、2009年は白組司会、2007年は紅組司会を務めた。2003年、2005年、2010年、2011年は大トリを担当した。2007年は予定されていた楽曲が全て終了した後のコーナーで、他の出演者とともに「世界に一つだけの花」を大合唱した。一方、中居が司会を兼任した回でトリを務めたことはなく、さらに中居が司会兼任の回ではSMAPはトリを務めることができないとの見方がある[7]。
2001年は「(稲垣が謹慎中で)5人で出演できないため」、2004年は先述のように「新曲を発表していない」との理由で、出場を辞退している。また、2000年代は紅白以外のNHKの音楽番組への出演はほぼなかった(2011年頃からはメンバーのソロでのものも含めて、頻度は決して多くはないものの紅白以外のNHKの音楽番組出演を再び行うようになった)。
| 年度 | 放送回 | 回 | 曲目 | 出演順 | 対戦相手 | 備考 | 歌手別視聴率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1991年(平成3年) | 第42回 | 1 | Can't Stop!! -LOVING- | 2/28 | 工藤静香 | ||
| 1992年(平成4年) | 第43回 | 2 | 雪が降ってきた | 1/28 | 森口博子 | トップバッター | |
| 1993年(平成5年) | 第44回 | 3 | $10 | 2/26 | 西田ひかる | ||
| 1994年(平成6年) | 第45回 | 4 | がんばりましょう | 6/25 | 森口博子(2) | ||
| 1995年(平成7年) | 第46回 | 5 | 胸騒ぎ '96 | 8/25 | 森高千里 | ||
| 1996年(平成8年) | 第47回 | 6 | SHAKE | 11/25 | 安室奈美恵 | ||
| 1997年(平成9年) | 第48回 | 7 | ダイナマイトセロリ! | 11/25 | 華原朋美 | ||
| 1998年(平成10年) | 第49回 | 8 | 夜空ノムコウ | 23/25 | 天童よしみ | ||
| 1999年(平成11年) | 第50回 | 9 | Fly | 16/27 | 安室奈美恵(2) | ||
| 2000年(平成12年) | 第51回 | 10 | らいおんハート | 26/28 | 安室奈美恵(3) | 1位 | |
| 2002年(平成14年) | 第53回 | 11 | freebird '02 | 22/27 | 中島美嘉 | ||
| 2003年(平成15年) | 第54回 | 12 | 世界に一つだけの花 | 30/30 | 天童よしみ(2) | 大トリ(1) | 1位 |
| 2005年(平成17年) | 第56回 | 13 | Triangle | 29/29 | 天童よしみ(3) | 大トリ(2) | 1位 |
| 2006年(平成18年) | 第57回 | 14 | ありがとう | 26/27 | DREAMS COME TRUE | トリ前(1) | 1位 |
| 2007年(平成19年) | 第58回 | 15 | 弾丸ファイター 紅白SP | 25/27 | DREAMS COME TRUE(2) | 1位 | |
| 2008年(平成20年) | 第59回 | 16 | この瞬間、きっと夢じゃない 紅白SP | 24/26 | 石川さゆり | ||
| 2009年(平成21年) | 第60回 | 17 | そっと きゅっと 〜 世界に一つだけの花 | 24/25 | 絢香 | トリ前(2) | |
| 2010年(平成22年) | 第61回 | 18 | This is love '10 SPメドレー | 22/22 | DREAMS COME TRUE(3) | 大トリ(3) | 1位 |
| 2011年(平成23年) | 第62回 | 19 | SMAP AID 紅白SP | 25/25 | 石川さゆり(2) | 大トリ(4) | 1位 |
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- ^ この番組への出演は、ジャニーズ事務所の社長並びに副社長がフジテレビの佐藤プロデューサーに頼み込むも当初何度も断られていた。最後にメリー副社長が「彼らを一度見てくれ」と言って佐藤P(当時)と吉田D(当時)を連れて舞台を見せ、本人たちを会わせて何とか社内で協議するところまでこぎつけた。このことをフジに持ち帰った佐藤が、自班に新人アイドルSMAPの起用を問うたところ、若手Dだった荒井が「僕にやらせてください」と申し出て話が動いた。
- ^ 20代で結婚したのはジャニーズ事務所からCDデビューしたタレントでは初めてで、その後も唯一である。
- ^ SMAP「つらい」上海万博イベント中止 サンケイスポーツ 2010年6月5日付
- ^ SMAP公演動員1000万人突破 “6人組”森の映像も『産経ニュース』2010年9月16日
- ^ “日中の若者の絆を演出=SMAPが北京でコンサート”. 時事通信. (2011年9月16日) 2011年9月20日閲覧。
- ^ “ジャニーズ初!SMAP 堀北真希主演の朝ドラ主題歌歌う”. スポニチ. (2012年2月16日) 2011年9月20日閲覧。
- ^ 『スポーツ報知』2011年12月25日付では、「2006年 - 2009年は中居が司会だったためSMAPのトリ(大トリ)がなかった」と書かれている。
- ^ 2007年7月29日『FNS27時間テレビ』「BISTRO SMAP」香取談
- ^ 2007年11月15日『うたばん』中居談
- ^ 「SMAP42作トップ10、史上初の主要4部門制覇」オリコン、2008年3月11日
固有名詞の分類
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