Nocturne No.1 Op.33とは? わかりやすく解説

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フォーレ:3つのノクターン

英語表記/番号出版情報
フォーレ3つのノクターンNocturne No.1  Op.33作曲年: 1875-1883年  出版年1883年  初版出版地/出版社: Hamelle 

作品概要

楽章・曲名 演奏時間 譜例
1 変ホ短調 Es dur Op.33-17分00 No Image
2 ロ長調  H dur Op.33-26分00 No Image
3 変イ長調  As dur Op.33-35分00 No Image

作品解説

執筆者: PTNA編集部

 第1曲目レント変ホ短調初演は、1885年2月国民音楽協会にてマリ・ジャエルにより行われている。ジャエル(1846~1925)は、モシェレスらにピアノを、フランクサン=サーンス作曲師事した音楽家。この第1番夜想曲は、画家のウジューヌ・ボニの妻、マルグリト・ボニ夫人捧げられている。ボニ夫人(1850~1930)は、1870年から1930年にかけて、パリ音楽中心としたサロン催しており、このサロンには、シャブリエフォーレドビュッシーラヴェルプーランク等、今日にその名が伝わる音楽家たちが集い交流する格好の場でもあった。因みにボニ夫人は、後年1892年彫刻家サンマルソー再婚している。
第1番のこの夜想曲3部形式書かれており、瞑想的な雰囲気開始する。この冒頭部再現される際には手が加えられ展開される。これは、その後フォーレ夜想曲全般的に見られる手法である。中間部では低音域で第2のモティーフ現れる。これは、葬送行進曲思わせるとりわけ16分音符から成る6連音符が、音楽が進むにつれ、ますます不安を掻き立てるようである。その後一転して、不安から解き放たれるかのようにト長調優美なメロディー高音域で歌われる。このメロディーは、後に半音高い変イ長調再現される。やがて1本のラインから派生したのような経過句が挿入される素朴なようで憂愁さも帯びたメロディー巧妙な和声進行よるものだろう。その後冒頭の言わば「ドゥムカ」の部分再現される際には、前述通り手が加えられ経過音前打音より一層なめらかなものとなっている。殊に16休符半音階使用全体輪郭ぼやかす効果をもつ。終結部分の変へ音は、主音への回帰休息への願い想起させる
 第2曲目は、1881年頃に作曲されたと考えられている。このロ長調夜想曲は、ルイーズ・ギヨン夫人捧げられている。第1番同様に3部形式書かれており、アンダンティーノ・エスプレッシーヴォの指示がある。冒頭から、メロディー語りかけるように歌い始める。この部分12小節続いた後、アレグロ・マ・ノン・トロッポのロ短調部分へと移る。ここでは一転して静かにざわつくような雰囲気醸し出すディナーミク変化目まぐるしいコーダでは、中間部現れロ短調動機ロ長調提示される
 第3曲目は、この3つの夜想曲出版され1883年作曲された。初演は、1886年1月国民音楽協会にてボルド=ペーヌ夫人により行われている。ボルド=ペーヌ夫人(1858~1924)は、音楽研究家であり作曲家であったシャルル・ボルド(1863~1909)の義姉にあたるピアニストである。彼女は、パリ音楽院1872年プルミエ・プリ獲得している。変イ長調のこの第3番夜想曲捧げられたのは、A. ボオモレツ夫人である。ボオモレツ夫人は、音楽愛好家として知られているカミーユ・クレルク(1828~1882)の2度目の妻の姉にあたる。クレルクは当時パリのモンソー街に構えた自宅で、頻繁に室内楽演奏会催していた。アンダンテ・コン・モートのこの夜想曲も、第1番第2番同様に3部形式書かれている。しかし、その形としては、3曲中最も簡素に書かれている




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