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M-1グランプリ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/29 07:36 UTC 版)
『M-1グランプリ』(エムワングランプリ)は、島田紳助が企画し、吉本興業が主催する10年間続いた漫才のコンテストである。通称「M-1」。2001年から2010年まで毎年12月に開催されていた。オートバックスセブンが特別協賛(冠スポンサー)となり、朝日放送(ABC)が制作し、テレビ朝日系列が放送していた。
- ^ 松本が決勝戦の審査員を務めているのはこの番組で紳助に誘われたため。
- ^ 2008年7月28日放送回『人生が変わる1分間の深イイ話』での発言。
- ^ ショートコントのようにセットを使用しないものに限る。
- ^ 南海キャンディーズが第3回に準決勝進出してから、吉本のイベントやライブなどの出演が増えたと語っており、スピードワゴンもM-1決勝出場前の給料は3000円だったが出場後はテレビ出演が増えたため、給料は3000倍になったと語っている(「中居正広の金曜日のスマたちへ」より)。
- ^ 2007年8月号「日経エンタテインメント!」(日経BP社)
- ^ a b c 「M-1完全読本2001-2010」より。
- ^ 該当するのは第2回8位のダイノジ、第6・7回9位のPOISON GIRL BAND、第8回9位のザ・パンチなどと思われる。
- ^ 第7回の千鳥の紹介VTRの本人達の発言より。
- ^ M-1グランプリは今年がラスト - 日刊スポーツ、2010年12月12日
- ^ 2011年7月24日放送の27時間テレビより。
- ^ 2011年7月24日放送の27時間テレビ内で紳助がナインティナイン(矢部は100㎞マラソンのため厳密には岡村に対してのみ)に直々に発表した。
- ^ 「THE MANZAI 2011」でも大会実行委員長を務める予定だった紳助の引退に伴い紳助の代役的ポジションとしてビートたけしが大会最高顧問という名目で起用された。
- ^ “『M-1』後継番組は“世界一のパフォーマー”を決める『KAMIWAZA』に! たけしがGM就任”. ORICON STYLE. (2011年11月29日) 2011年12月1日閲覧。
- ^ 例として、同じ2000年デビューのコンビでも、ダイアン、U字工事、オードリーは2009年がラストイヤー、笑い飯、NON STYLEは2010年がラストイヤーとされていた。
- ^ シード権は翌年の大会のみ有効。当年準決勝進出以上の成績を収めても翌年欠場した場合は優勝組以外はシード権は無効になる。
- ^ この制度が適用されたのは優勝した翌年も出場したNON STYLEとパンクブーブーを除けば第6回大会に3年ぶりに出場したフットボールアワーのみである。
- ^ 敗者復活戦が導入されたのは第2回大会からで、第1回大会では敗者復活戦の枠は無かったため、第1回大会は9組ではなく10組で決勝を行っていた。
- ^ 準決勝に不参加でも敗者復活戦の出場権はある。2007年のザ・プラン9は浅越ゴエが準決勝直前に体調不良を起こし準決勝に出場しなかったが、敗者復活戦の出場権はあったものの、大事をとり敗者復活戦も辞退した。
- ^ 「スカイ・A」では例年通り12:00から放送。「スカイ・A」の放送終了時刻の16:00からリレーで生中継。ただし、地上波放映分は各組のダイジェストと決勝進出者紹介がほとんどで、漫才の模様が生放送されたのはキングコングのネタ冒頭ぐらいであった。
- ^ 敗者復活したライセンスのライブやトーク番組での証言によると、まず地下鉄で移動し最寄り駅から六本木ヒルズまで急遽用意された自転車が使われた模様である。
- ^ 『敗者復活』 サンドウイッチマン著
- ^ 第6回はチュートリアルの満票優勝で2位・3位が0票だったため、決勝ファーストラウンドを2位通過したフットボールアワーが2位、3位通過した麒麟が3位と認定された。同様に第9回はパンクブーブーの満票優勝だったため、決勝ファーストラウンドを1位通過した笑い飯が2位、3位通過したNON STYLEが3位と認定された。
- ^ 第7回のDVD特典のサンドウィッチマン優勝記者会見より。島田紳助は「トータルテンボスとキングコングの最終決戦のネタに採点してみたところ、どっちも同点になってしまい、横の松本さんを見てみたら松本さんも同じ点数をつけていたので、二人で『もしサンドウィッチマンが2本目のネタでスベった場合はどうしようか?』と話し合っていた。」と発言していた。
- ^ 『キングオブコント』でも第1回では最終決戦を採用していたが、第2回では全組ネタを2回披露する形式に変更されたため、同大会での最終決戦は撤廃された。
- ^ 兄弟番組でもある「R-1ぐらんぷり」、「キングオブコント」と同様
- ^ 第4回(2004年)はコミックマーケット(12月29,30日開催)との日程重複がなかった。会場変更後も、同日に開催された例はない。
- ^ ラサール石井の著書「笑いの現場 ひょうきん族前夜からM-1まで」(角川SSC新書、2008年)によると、島田紳助から出番前の打ち合わせで「各審査員とも、最低でも100点満点で50点は入れて欲しい」という提案があったという。その理由は「誰か1人が極端に低い点数をつけると、その影響で他の審査員が高得点でも脱落が決定してしまう。それではダメージが強烈過ぎる」。この採点基準は、第2回以降も、ある種の暗黙の了解として守られ続けているとのこと。
- ^ ちなみになぜここまで極端な結果になったのかについて審査員の松本人志は番組内で「(特別審査員は100点も持ち点を与えられているのに対して)むこう(一般審査員)は(1点を与える)ボタンを押すか押さないかなんだから難しいのだろう。」と発言していた。
- ^ 投票順は紳助→松本→鴻上→西川→小朝→石井→青島。
- ^ DonDokoDonは爆笑オンエアバトル初代チャンピオンであるが、他番組のタイトルであったため無冠とされたと思われる。
- ^ 第1回のハリガネロックも特別審査員のみの得点に限定すれば同点になるが、その場合は彼らは4位になるため、仮に第1回で第2回以降と同様の方式が取られていた場合は最終決戦に進出できていないことになる。
- ^ テロップでは「暴走する…」であったが、ナレーションは「暴発する…」になっていた。
- ^ テロップは生放送ではミスで流れなかったが、DVDで「アキバ系カリスマデブ」、再放送で「秋葉系カリスマ芸人」とテロップで流れた。
- ^ 2007年11月より吉本興業所属タレント先の新事務所。
- ^ 優勝したNON STYLEは大阪吉本の出身であり、東京進出後の優勝。元から東京吉本所属のコンビの優勝は出なかった。
- ^ 優勝時大阪吉本所属だったコンビは全組東京進出をしている。
- ^ 第2回のフットボールアワー、第9回の笑い飯、第10回のパンクブーブーもファーストラウンドを1位通過するも優勝を逃しているが、いずれもその前後の大会(それぞれ第3回、第10回、第9回)で優勝している。
- ^ それ以前の最高得点も同じく笑い飯。紳助の審査で獲得した99点(第3回)。
- ^ 2010年春に大阪から移籍
- ^ 結成年は2003年だが、最後の大会のため、ラストイヤー扱いとなっている
- ^ これは中田カウスの評点の中では第3回のスピードワゴンと並んで歴代最低得点でもある。
- ^ これは松本人志の評点の中では第3回のフットボールアワーと並んで歴代最高得点でもある。
- ^ ちなみにそれ以前の回の平均点(小数点1桁まで)は、第1回541.1点、第2回559.9点、第3回598.7点、第4回614.6点、第5回608.9点、第6回613.6点、第7回611.8点、第8回625.4点、第9回627.6点。
- ^ 第8回は島田紳助が指名した順にくじを引き、第9回は決勝進出者の中でじゃんけんでくじ順を決めた。ちなみにくじ順は第8回は笑い飯、キングコング、ダイアン、ナイツ、NON STYLE、U字工事、ザ・パンチ、モンスターエンジンの順でくじを引いた。第9回は南海キャンディーズ、ナイツ、ハリセンボン、ハライチ、東京ダイナマイト、モンスターエンジン、笑い飯、パンクブーブーの順でくじを引いた。決定したネタ順は過去の決勝結果の項目を参照のこと。
- ^ 特に初出場でトップバッターになったコンビ(第3回の千鳥と第10回のカナリア)はいずれも最下位で終わっている。
- ^ ただし、1・2番目のコンビが不調だと暖め役にならなければならないので、1・2番と同様に不利な場合もある。
- ^ ただし、第6回以降の優勝者の出番は全て6番目以降であり、そのため近年は後半(6~8番目)の出番が好まれる傾向にあった。
- ^ ネタ順3番からは第10回でスリムクラブが最終決戦に進出するまで唯一最終決戦進出組が出ておらず、第9回までの最高順位は第3回のスピードワゴン、第7回のザブングル、第9回の東京ダイナマイトが記録した6位だった。
- ^ a b 特別審査員のみの得点に限定した場合。
- ^ 特別審査員のみの得点に限定した場合は9位。
- ^ 特別審査員のみの得点に限定した場合は4位。
- ^ a b c d 決勝戦放送日を基準とする
- ^ 第6回の変ホ長調はアマチュアであるため、彼女らを含めるとすれば0年が最短となる。
- ^ 全員から単独1位かつ95点以上の評価
- ^ 渡辺正行のみフットボールアワーと同点1位
- ^ 上沼恵美子のみパンクブーブー、NON STYLEと同点1位
- ^ M-1グランプリ2008完全版DVDの特典Diskに収録
- ^ “「M-1」大会史上最高の視聴率…関西では31.1%%”. ZAKZAK. (2006年12月25日)
- ^ “M-1グランプリ、「結果発表はCMの後で!」瞬間視聴率39.7%”. オリコン. (2007年12月25日)
- ^ “「M-1」視聴率23・7%、過去最高 クラブW杯決勝は12・8%”. 産経ニュース. (2008年12月22日)
- ^ “「M-1」視聴率、関西で30%、関東でも20%”. 産経ニュース. (2009年12月21日)
- ^ “最後の『M-1グランプリ』視聴率は関東18.7% 、関西は23.4%”. オリコン. (2010年12月27日)
- ^ 第7回のDVD特典の優勝記者会見より
- ^ a b 出場者キャッチコピーが「無印(ノーマーク)」だった。
- ^ M-1決勝進出するまで「逆週休2日制」と言われるほど仕事がなかった。
- ^ 第8回のモンスターエンジンの紹介VTRで歴代のダークホースのうちの1組とされていた。
- ^ 番組内ではナレーションで「謎のコンビ」と呼ばれていた。
- ^ キングオブコント2009の紹介VTRにおいて、「M-1に突如舞い降りた無名の2人が…」と言われており、その他にも第8回のキングコングの紹介VTRにおいて「突如現れた謎の刺客が…」と言われるなど、ダークホースであったという根拠が多数ある。
- ^ 番組内では出場者の紹介VTR内で「ダークホース」と呼ばれていた。その際にダークホースとして紹介されていた過去の決勝出場コンビは麒麟、千鳥、南海キャンディーズ、ブラックマヨネーズの4組でタイムマシーン3号はVTRに登場しなかった。
- ^ 番組内では出場者の紹介VTR内で「謎のコンビ」と呼ばれていた。
- ^ 予選の段階で麒麟枠候補と呼ばれていた。
- ^ 番組内では出場者の紹介VTR内で「ダークホース」および「謎のコンビ」と呼ばれていた。また出場者キャッチコピーが「無印(ノーマーク)島人(しまんちゅ)」だった。
- ^ ただし、敗者復活枠ではっきりと「ダークホース」といわれたのはアンタッチャブル、サンドウィッチマン、オードリーの3組だけである。
- ^ 当初は笑い飯とNON STYLEがラストイヤーと言われていたが、この年から10年目の定義が1月結成から4月結成に変わり、両者とも2000年4月以降に結成されたので2010年がラストイヤーとなった(しかし、同年にデビューした、ダイアンとU字工事はラストイヤーとされていた)。
- ^ ただし途中欠場を含む。欠場なしでの最長ブランクは東京ダイナマイトの5年(2004年~2009年)が最長。
- ^ 電波少年がレギュラーで復活か!
- ^ スピードワゴン、タイムマシーン3号、麒麟は該当部分の音声を消して映像のみ流しているため、チャプターの冒頭部分に「著作権の関係で音声をカットしている」旨の表示がなされる。
- ^ DVD-BOX版などではネタ自体がカットされているものもある。また、後述のカナリアとは違い、彼らが披露したのは準決勝ネタであったため、その場合、何も収録されていない(ただし、順位の欄には名前のみある)。
- ^ 代わりに準決勝ネタが収録されている。ちなみにDVD収録時にこのような措置をとられるのはR-1ではよくあるが、M-1では彼らが唯一である。
固有名詞の分類
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