フレミング (Fleming, Sir John Ambrose)
フレミングという人は
ジョン・アンブローズ・
フレミング
イギリスのランカスタに生まれ、ロンドン大学のユニバーシティー・カレッジを経てケンブリッジ大学で学ぶ。 1885年にロンドン大学初の電気工学教授に就任し、1926年までこの職を務める。 1882年頃から顧問業を開始して、エジソン電信会社顧問、エジソン&スワン電灯会社顧問、マルコーニ無線電信会社の顧問を歴任する。
フレミングの主な経歴
1885年、フレミングの右手(発電機)の法則を教育のために考案する。 磁界内に導線を磁界に対して垂直に動かすとき、右手の中指を誘導電流の方向、右手の人差し指を磁界の方向、親指を導線の運動する方向とすることができる。 モーターの法則をあらわす左手の法則もある。
1896年、エジソン効果の関連研究を発表する。 真空管中の金属板側に正電荷を与えフィラメントを加熱すると電流が流れるというエジソン効果において 、炭素フィラメントを白金に置き換えても同様に 効果が発生することを確認した。 電子という概念はまだ定着しておらず、二極管の発明にはまだ至らない。後にマルコーニの顧問になってからこの研究を再開する。
1904年、二極管を発明する。 二極管、二極真空管のことで、つまりはダイオードのことである。 マルコーニ無線電信会社の顧問をしていたフレミングは無線通信用として、コヒーラ検波器を上回る安定した電波検知器を探していた。 かつて研究したことのあるエジソン効果を思い出し、二極管の整流作用を電波検知器に利用できないかと考えた。 研究のすえモールス信号を明瞭に取り出すことに成功し、”回路の途中に入って流れを支配する”という意味でこの二極管をバルブ(valve)と名づけた。
ジョン・アンブローズ・フレミング
フレミングは、無線電信に重要なこの実用的な二極管によって世界中で特許を取得し、1929年には、ナイトの称号を授けられた。 1906年の”無線電信の原理”、1921年の”電気50年”を含む20冊の著作があり、また100以上の科学論文を書いている。
「Fleming, Sir John Ambrose」の例文・使い方・用例・文例
- 初めて富士登山をした外国人は Sir Harry Parks
- ジュゴンとシュテラーの海の牛を含むオーダーSireniaの哺乳動物の家族
- John AbrahamsとTina Linがアンケートデータの収集担当で、この作業は5 月5 日までに終わるでしょう。
- 今日は、皆さんをJohn Driscoll展にご案内する予定で、この展覧会は当美術館の30周年を記念して行われているものです。
- John Smith という名の英国人だ
- そんな英語を使うと Johnson が泣く
- 限定属格の例として、『John's mother(ジョンの母親)』における『John's(ジョンの)』がある
- 『John and Mary(ジョンとメアリー)』または『John walked and Mary rode(ジョンは歩き、そして、メアリーは乗り物に乗った)』における『and』、等位接続詞である;そして、『will you go or stay?(行くか、いてもらえますか?)』における『or』もそうである
- 『who visits frequently(その人はしばしば訪れる)』は、『John, who visits frequently, is ill(しばしば訪れるジョンは病気である)』の文の関係節である
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