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ダビデ [David]

紀元前一〇世紀頃のイスラエル王国第二代の王。全イスラエル統一し、エルサレムに都を定め近隣諸国征服併合すべての王の模範とされ、メシアもこの系譜を継ぐものとされた。


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ダビデ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/09 07:11 UTC 版)

(DAVID から転送)

ダヴィデ
David ( דָּוִד, דָּוִיד)
イスラエル王
David SM Maggiore.jpg
ダヴィデ像(Nicolas Cordier作、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
在位 紀元前1000年 - 紀元前961年
出生 紀元前1040年
ベツレヘム
死去 紀元前961年
イェルサレム
埋葬  
父親 エッサイ
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ダビデヘブライ語: דוד‎ Dāwīḏ (ダーウィーズ), ギリシア語: Δαβίδ, ラテン語: David, アラビア語: داود‎ Dāʾūd)は古代イスラエルの王(在位:前1000年 - 前961年頃)。ダヴィドとも。羊飼いから身をおこして初代のイスラエル王サウルに仕え、サウルがペリシテ人と戦って戦死したのち王位を継承するとペリシテ人を撃破して要害の地イェルサレムに都を置いて民族の統一を成し遂げた。旧約聖書の『サムエル記』『列王記』に登場し、『詩篇』の作者とされている。イスラム教においても預言者の1人に位置づけられている。英語圏の男性名デイヴィッド(David)などは彼の名に由来する。

目次

生涯

サウル王とダビデ

ベツレヘムにすむエッサイ(ジュッセ)の7番目とも8番目ともいわれる末っ子として生まれ、羊飼いをしていたが、預言者サムエルに見出されて油を注がれた。イスラエル王国の王サウルの家臣たちは、精神を病んで悪い霊におびえるサウル王に対し、王が以前好んでいた竪琴を弾く者をさがすように進言した。金髪の巻毛の少年であった羊飼いのダビデは竪琴の名手であったため、王命によってサウルのもとに呼ばれた[1]。ダビデの竪琴の演奏は何曲にもおよび、一曲ごとにサウルの額からは苛立ちが消え、ついに悪霊が出て行ったとされる。『旧約聖書』第一サムエル記16章のこの記事は、音楽療法の先駆けとみなされることがある。

ダビデはまた、ペリシテ人(小アジア海岸から東地中海岸各地にあらわれた民族)と戦うためイスラエル軍に従軍していた3人の兄に食料を送り届けるため陣営を訪れ、それが機縁となってペリシテ人と戦ってこれを撃破し、モアブを攻略してモアブ人たちをしたがえ、ハマテのゾバの王であるハダデゼルと戦って戦車1,000、騎兵7,000、歩兵20,000をそれぞれ生け捕りにした。さらに、ハダデゼルを援助しようとして現れたスリアの軍2万2,000名を壊滅させ、スリアには守備隊を置いて貢租を納入させた。

とりわけ、ペリシテ人の戦士ゴリアテを倒したことはダビデの名を高めた。ゴリアテ退治に名乗りをあげたダビデは、巨人ゴリアテが「さあ来い。おまえの肉を空の鳥や野の獣にくれててやろう」と嘲ったのに対し、

お前は剣と槍を頼りに戦うが、私はお前がなぶったイスラエルの神を頼りに戦う。戦いは剣と槍の力で決するものではないことを人々は知ることになるだろう。これはイスラエルの神の戦いである。

と答えたという。これを聞いたゴリアテはダビデに突進した。ダビデは袋の中から1個の石を取り出して勢いよく放った。石はゴリアテの額に命中し、彼はうつ伏せに倒れた。ダビデは剣を所持していなかったため、ゴリアテに近寄って剣を奪い首をはねて止めを刺した。

ダビデはその後も戦功をあげていくが、やがてその人気をサウルにねたまれ、命を狙われた。サウルはダビデ殺害の命令を出すが、ダビデの親友であったサウルの息子ヨナタンの手助けで逃亡することができた。

サウルはアマレク人を滅ぼし尽くせという神の命令に従わなかったため、神の恩寵を失った。サウルはペリシテ人との戦いで息子たちとともに戦死した。

ダビデ王の治世とその晩年

跡を継いだのは、サウルの娘婿となったダビデであった[2]。ダビデはユダの王となるとサウルの家来の軍勢と戦って勝ち、やがてイスラエルの王となった。ダビデはペリシテ人との戦いを続け、エルサレムを確保して、「神の箱」を運び上げた。

そのダビデも晩年には過ちを犯した。家臣ウリヤの妻、バト・シェバを見初め、彼女を妻にするため謀略によってウリヤを戦死させたことである。預言者ナタンにとがめられてダビデも苦悩する。『旧約聖書』には、ダビデが「こういう馬鹿なことをした男は悪人である」と述べ、さらに、

私は死をもって罰せられるのが適当である。

と懺悔した[2]。神はこれを許さず、バト・シェバから生まれた子供の命を奪った(次にバト・シェバから生まれた子供がソロモンである)。また、ダビデの長男でマアカから生まれたアムノンが妹タマルを犯した。それに怒った次男のアブサロムは異母兄アムノンを殺し、やがて父ダビデに対し謀反を起こした。ダビデは一時都エルサレムを追われた。ダビデはなんとかアブサロムの反乱を収めたが、アブサロムはダビデの意に反して殺害され、ダビデは自らの子の死という神のあたえた罰に苦しんだ[2]。晩年のダビデはイスラエルの人口調査をおこなった[3]

ダビデは40年王位にあり、最後に息子のソロモンを次の王に立てて世を去った。人生の終わりに当たってダビデは、

主はわが岩、わが城、わたしを救う者、わが神、わが岩。わたしは彼に寄り頼む。わが盾、わが救いの角、わが高きやぐら、わが避け所、わが救い主。あなたはわたしを暴虐から救われる。

とうたって、神を賛美した[4]

その他

聖王ダヴィド(ダビデ)のイコン18世紀ロシア正教会)。聖詠詩篇)の半数近くが彼の作に帰せられている。

イエス伝承におけるダビデ

バビロン捕囚以後、救世主メシア)待望が強まると、イスラエルを救うメシアはダビデの子孫から出ると信じられるようになった。新約聖書では、イエス・キリストはしばしば「ダビデの子」と言及される。

曾祖母ルツ

ユダヤ教原理主義者には無視されがちであるが、彼はモアブ人の血を引いている。彼の曾祖母であるルツは、『ルツ記』の記述に従えばモアブ人である。当時のイスラエル人と周辺諸民族は共存、通婚していたことを示している。加えて、彼女がモアブ人としてのアイデンティティと宗教的慣習を放棄し、イスラエル人のナオミが信じていたヤハウェ神を受け入れて回心したことが、イスラエルに受容されたことの大きな理由となっていると考えられる(ルツ記1章16~17節を参照)。

「ダビデの星」

現在のイスラエルの国旗にも取り入れられている六芒星のマークは「ダビデの星」とも呼ばれる。またトランプのスペードのキングのモデルとされ、フランスのカードでは竪琴を持つダビデの姿が描かれている。

ダビデ王の像

ダビデの像はいくつも造られているが、なかでもミケランジェロによる作品(ダビデ像)は最高傑作と呼ばれ高い評価を受けている芸術作品である。ところで、このダビデ像の男性器包茎なのは、ルネサンスにおいてギリシャ芸術の手法を取り入れたからである。実際にはダビデの生きた時代では男子は幼児の時期に割礼という形で、今でいう包茎手術を行うのがユダヤ教徒の伝統であったので、結果的にミケランジェロはデフォルメの仕方を間違えて聖書を曲げてしまったことになる。フィリッポ・ブルネレスキ作のダビデ像などは割礼された性器が表現されている。

脚注

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  1. ^ 犬養(1969)pp.159-171
  2. ^ a b c 島崎(2010)pp.42-43
  3. ^ 榎本(1977)p.315
  4. ^ 榎本(1977)p.313

参考文献

関連項目

古代イスラエル王国

先代
イシュ・ボシェテ

古代イスラエル国王 第2代
紀元前1000年頃 - 紀元前961年

次代 ソロモン


デイヴィッド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/03 08:09 UTC 版)

(DAVID から転送)

デイヴィッドDavid /ˈdeɪvɪd/)は、英語圏の男性名、姓、地名。ダビデの英語形。日本語表記においてはデイヴィドデイビッドデービッドデーヴィッドデビッドデヴィッドディヴィッドなどさまざまな表記がなされる。語尾の濁らないデイビットデビットデヴィットなどの表記は日本語での誤り(d表記はどうやってもt発音にはならない。これはベッドを「ベット」と変化させたのと同類)。

愛称に Daveデーブ、デイブ、デイヴ、デイブ)がある。ダーヴィトダビドダヴィッドダフィズなどに対応する。

言語表記の揺れがあるため、デイヴィッドを基準として以下を表記。

名前

姓ア行

姓カ行

姓サ行

姓タ行

姓ハ行

姓マ行

姓ラ行

関連項目





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