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BRUTUS
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/12 09:22 UTC 版)
ブルータス(Brutus)は、1980年5月からマガジンハウスより発行されている雑誌。当初は月刊だったが、同年7月から月2回の刊行となり、現在に至る(毎月1日・15日発売)。
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概要
創刊当初から、都市で生活し、時にはアウトドア・ライフをも楽しむ大人の男の雑誌を志向しており、創刊号には「男が海に出る この行為に理屈は必要ない」、「男の化粧品には匂いなど必要ない」、「日曜の朝はゆっくり起きシャンパン・ブランチを楽しむ」、「パーティにはタキシードを着て出掛けたい」などの記事が掲載されている。いわば、今日の男性向けクオリティ・マガジンの元祖的な存在である。
創刊には、テレビ番組 『トゥナイト2』(テレビ朝日系)の司会を務めた石川次郎が編集長として関わり、雑誌 『ポパイ』(同)、『エッセ(ESSE)』(扶桑社)などのタイトルロゴも手掛けた堀内誠一がアート・ディレクションを行った[1]。また、ザ・フォーク・クルセダーズの作詞で知られる松山猛、写真家の三好和義らも参加していた。
海外取材費に糸目を付けない等の編集方針が、バブル経済前夜の時代の雰囲気にマッチして成功を収めるが、バブル崩壊とともに低迷。1996年に斎藤和弘が編集長に就任すると、高収入層に焦点を合わせたスノッブな誌面作りによって、ブランドものを中心とした広告からの収入で利益を生む雑誌へと変身を遂げた。就任より2年で5億円の赤字を5億円の黒字に変えたという[2]。現編集長は、2008年(平成20年)に就任した西田善太。
次第に編集方針から無骨さが消えたことで批判も浴びたが、独特の切り口からライフ・スタイルを提案する特集は現在も支持を得ている。特に「お取り寄せ」特集は好評である。また、建築に関する特集からは、『カーサ・ブルータス』という月刊の兄弟誌も生んでいる。
歴代編集長
関連項目
脚注
- ^ 堀内誠一がフランスに渡った後は、新谷雅弘が引き継いだ。
- ^ http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20080715/165425/?P=2&ST=sp_org
外部リンク
ブルトゥス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/12/05 10:15 UTC 版)
(BRUTUS から転送)
ブルトゥス (ラテン語:Brutus) は古代ローマの家族名。ユニウス氏族に属し、共和政ローマの初代執政官ルキウス・ユニウス・ブルトゥスから連なる家系と主張していた。しかしプレブス系の家系であり、パトリキであったルキウス・ブルトゥスとの関係は疑われることが多い。「ブルートゥス」と長音で称するケースもある。
英語読みでブルータスと呼ばれることも多く、そのように単に「ブルータス」といった場合ガイウス・ユリウス・カエサル暗殺の首謀者のマルクス・ユニウス・ブルトゥスを指す場合が多い。
ルキウス・ブルトゥスが王制を打倒し、マルクス・ブルトゥスが独裁官ガイウス・ユリウス・カエサル暗殺の首謀者であったことから、帝政期には「自由」の象徴として見られるようになっていった。
以下の人物が著名なブルトゥス家の人物として知られている。
- ルキウス・ユニウス・ブルトゥス(Lucius Junius Brutus、紀元前6世紀):共和政ローマの初代執政官
- ティトゥス・ユニウス・ブルトゥス(Titus Junius Brutus、紀元前5世紀):ルキウスの息子
- デキムス・ユニウス・ブルトゥス・カッライクス(Decimus Junius Brutus Callaicus、紀元前2世紀):元老院議員
- マルクス・ユニウス・ブルトゥス(Marcus Junius Brutus、紀元前85-42年):カエサル暗殺の首謀者
- デキムス・ユニウス・ブルトゥス・アルビヌス(Decimus Junius Brutus Albinus、? - 紀元前43年):マルクスの従兄弟で、カエサルの腹心だが暗殺に参加
- クィントゥス・ユニウス・ブラエスス(Quintus Iunius Blaesus、31年没):帝政期の元老院議員
関連項目
- ブルート
- ブルータス
- ブルータス、お前もか
- トロイのブルータス - ブリテンの伝説上の人物。ブルトゥスとも。
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