映画監督・出演者情報 |
ウィキペディア |
ASKA
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/22 06:05 UTC 版)
| ASKA | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 宮﨑重明 |
| 別名 | 飛鳥涼、ASUKA |
| 出生 | 1958年2月24日(53歳) |
| 血液型 | A型 |
| 学歴 | 第一経済大学卒業 |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 職業 | シンガーソングライター |
| 担当楽器 | ボーカル、ギター、ブルースハープ |
| 活動期間 | 1979年 - |
| レーベル | キャニオンレコード→ポニーキャニオン (1987年 - 1991年) 東芝EMI (1995年 - 1999年) ヤマハミュージックコミュニケーションズ (2000年) ユニバーサルシグマ (2003年 - ) |
| 事務所 | ロックダムアーティスツ |
| 公式サイト | CHAGE and ASKA Official Web Site CHAGE and ASKA UNIVERSAL MUSIC OFFICIAL SITE ASKA WORKS |
ASKA(あすか、本名:宮﨑 重明(みやざき しげあき)、1958年2月24日 - )は、日本の男性シンガーソングライター。旧称:飛鳥 涼(あすか りょう)。CHAGE and ASKAのメンバー。福岡県筑紫郡大野町(現在の大野城市)出身、血液型はA型。
目次 |
人物
来歴
1979年、高校時代からの友人CHAGEと共に、チャゲ&飛鳥(現:CHAGE and ASKA)としてシングル「ひとり咲き」でデビュー。
1980年代後半以降CHAGE and ASKAの活動と並行してソロ活動を開始し、ソングライターとして様々なシンガーに楽曲も提供。光GENJIに提供した「STAR LIGHT」「ガラスの十代」「パラダイス銀河」の立て続けの大ヒットによりその名を不動のものとした。その最中の1987年、シングル『MY Mr.LONELY HEART』でソロデビューをし、ソロ活動を本格化させた。またチャリティーグループUSED TO BE A CHILD名義での『僕らが生まれた あの日のように』、リチャード・マークスとのコラボレーション楽曲『Every Day Of Your Life』のリリース、ハリウッド映画『Judge Dredd』のEDテーマ曲「TIME」の担当など多方面に進出している。自身のソロとしての代表作には、『はじまりはいつも雨』(1991年、ミリオンセラー)や『晴天を誉めるなら夕暮れを待て』(1995年)などがある。幾つかのドラマにも出演している。
1997年、自身初のソロ・コンサートツアーを実施し、上海では初の中国公演も行った。翌1998年もソロ活動を継続し、ロックとクラブ・ミュージックを融合させた先鋭的なアルバム『kicks』を発表するなど、新たな一面を見せた。
2005年、およそ6年ぶりに本格的にソロ活動に入る。秋には7年ぶりのアルバム『SCENE III』を発表し、12月より翌年3月まで5年ぶりのコンサートツアー「ASKA CONCERT TOUR 05>>06 My Game is ASKA」を行う。
2006年、つま恋(静岡県掛川市)で開催された環境問題をテーマにBank Bandの主催する「ap bank fes'06」にソロとして出演。櫻井和寿とともに「同じ時代を」などを共演。また、2008年の「ap bank fes'08」にもソロとして出演した。
2008年4月から「ASKA SYMPHONIC CONCERT TOUR 2008 "SCENE"」をEsplanade Concert Hall(シンガポール)・Thailand Cultural Centre(タイ)、上海東方芸術中心(中国)、大阪城ホール、マリンメッセ福岡、日本武道館、日本ガイシホール、真駒内セキスイハイムアイスアリーナ、香港カルチャーセンター(「ASKA SYMPHONIC CONCERT TOUR 2008 “SCENE” REPLAY」)で行う。
2009年1月、互いのソロ活動の充実のために、CHAGE and ASKAとしての活動の無期限休止を発表。3月から7月上旬にかけて、3年ぶりとなるソロ全国ツアー「ASKA CONCERT TOUR 2009 WALK」を公演。また、12月にはクリスマス・コンサート「THE MELODY YOU HEARD THAT NIGHT 昭和が見ていたクリスマス」を行った。
2010年2月にはセルフカバー・アルバム『12』を発表し、東京厚生年金会館で10daysコンサート「グッバイ&サンキュー東京厚生年金会館 -ここにあなたの足跡を-」を行った。
2010年3月、KANのアルバム『カンチガイもハナハダしい私の人生』にて、KANとの初コラボレーション作品となる「予定どおりに偶然に(with ASKA)」を発表。
2010年10月に発売されるセルフ・カバーアルバム『君の知らない君の歌』は、CHAGEが発売するアルバム『&C』と同日にリリースされることになった。
名前の由来
飛鳥は大学時代に片思いしていた女の子が大ファンだった福岡のラジオDJの名前「あすか」から来ている。そのDJは腰まであるロングヘアーで女性のような美しい青年であり、おっかけがいるような女性人気が高いDJだったということである。当時の飛鳥はその女性のタイプでは無く振り向いてもらえなかったこともあり、バンドでステージネームを考えていた時に周りから敢えてその彼の名前をつけて対抗したらどうかと提案されて、飛鳥と名乗ってライブに誘った。(余談ではあるが、その片思いは報われなかったとのことである)その後夜のヒットスタジオでのCHAGE&ASKA出演時に「あすか」氏がサプライズゲストとして登場したこともある。 飛鳥にりょうを足したのは友人女性の提案。「最初は“飛鳥良”だったが“涼”のほうが字面がいいので変えた」と過去のファンクラブ会報でコメントしている。
英語表記はRYO ASUKAだったが、1989年の渡英時に現地のアーティストに「イギリス人はアシュカと読んでしまう」と指摘され、RYO ASKAに変更した[1]。ユニット名もそれに従いCHAGE&ASKAに。1991年以降、ソロのときも正式表記をASKAとした。作詞・作曲者名クレジットなどは飛鳥涼のままであったが、2001年より全クレジットをASKAに改名した。
概要
大野城市立大野北小学校卒。大野城市立大野中学校〜(1年2学期転校)北海道千歳市立千歳中学校卒。私立希望学園札幌第一高等学校〜(2年2学期転校)私立福岡第一商業高等学校(現・第一薬科大学付属高等学校) 、第一経済大学(現・日本経済大学)卒。
夫人は八島洋子(元毎日放送・中部日本放送アナウンサー)で、1987年頃に結婚。長男はLittle Blue boXの奏、長女は宮﨑薫[2]。
エピソード
- 幼少期にハチに刺されて以来、ハチが苦手になった。
- 小学生時代に隣の家に遊びに来ていたKANと初対面していたが、1990年代になってから、隣人にその事実を知らされた。
- 自衛官である父親の転勤の関係で、一時期北海道に住んでいた。
- 現在[いつ?]でこそ170cmあるものの、高校入学時点では148cmと、少年期は非常に身長が低い子だった。本人もかなりコンプレックスに感じていたという。身長を伸ばすことに必死になるあまり、川畑式背伸び体操を始めたところ、その効果なのかどうかは不明だが急激に身長が伸びだしたという。
- 剣道三段。札幌第一高等学校2年生時に北海道代表としてインターハイ個人戦に出場したことがあり、芸能人最強との呼び声も高い。
1992年に月刊カドカワ誌で漫画『六三四の剣』の著者である村上もとかとの対談でも、「数年前にこっそりと剣道の大会に出たが、まだまだ現役でやれそうだなと周囲に言われた」と語っている。また同対談において、ASKAは『六三四の剣』の愛読者であることを明かした。 - 再度父親の転勤により福岡へ帰郷、福岡第一高校に編入するが、剣道部の顧問と折り合いが悪く退部し(剣道自体は道場に通うなどして続けた)音楽にのめり込んだことが、音楽の道へ進む間接的なきっかけになったと自著にて語っている。
- 本人曰く頑固かつ衝動的な性格であるためか、レコーディング終了間際での歌詞やメロディの変更、プレス直前の曲順変更、本番直前のセットリスト変更などのエピソードが多い。また、私生活においてもコンビニで1万円以上の買い物をする、夜中の通販番組で衝動買いをするなどのエピソードを度々語っている。
- シングル『ID』のジャケット撮影のためベトナムに行った際、現地の人間にジャッキー・チェンに間違えられたことがある。
- 外見の印象からか、「クール」「無口」だと思われがち[誰?]だが、実際はその逆。人見知りも全くしないそうで、交友関係は非常に広く、慕われている[要出典]。
- また、悪戯をするのも好きらしく、突然つまずいたり、転んだりしてスタッフを驚かしたり、楽屋に後から入ってくるCHAGEを驚かそうとカーテンに隠れたりする。また、昔、事務所のトイレに「CHAGEが入っていったな」と思い、驚かそうと少し間をおいてから大声で叫びながら勢いよく入って行ったところ、そこにいたのは(事務所の)部長だったという逸話もある(『HEY!HEY!HEY!』ゲスト出演時のトークより)。
- 1988年に自身のプライベートスタジオとして東京都世田谷区に「BURNISH STONE」を設立。現在ではCHAGE and ASKAのみならず、国内の数多くのアーティストに利用されるスタジオとなっている。
- 英語が堪能であり、ワールド・ミュージック・アワードに招待された際のスピーチや、MTVアンプラグド出演時のMC等でその一端を窺うことができる
音楽スタイル
- 非常に粘着質で下から突き上げるような独特の声質・歌唱法をしており、ライブでは体を思い切り反り返らせて声をひねり出す。比喩をふんだんに用いた歌詞、複雑なコード進行と転調の激しい曲は唯一無二であり、プロからの評価も高い。高くありながら太い迫力あるその声は、他の追随を許さない。ビブラートと声量の凄さも特徴でありマイクを使わなくとも会場全体に響きわたる。[要出典]
- 小室哲哉に、ASKAの声質はとんでもない倍音であり国宝物と言わしめた[要出典][3]。
- デビュー当時の楽曲は、ギターでの作曲であったため、コード進行は比較的シンプルなものであったが、1984年ごろピアノ、シンセサイザーを中心とした作曲に移行してからは、楽曲の特徴として、圧倒的にコード進行が複雑で転調が激しくなった。一曲中で使用されるコードの数は多いときで50を優に超える。
- ライブではギター、ブルースハープを使用する光景が見られるが、その他ピアノなども演奏できる。
- ギターのテクニックもかなりの腕前である[要出典]。ライブでは、大抵がコードストロークもしくは、アルペジオ、スリーフィンガー等のフィンガーピッキングによるリズムに終始する[要出典]が、稀にリードフレーズを演奏することがある。特に1980年代には、よくリードギターも担当していた。現在[いつ?]は主にアコースティックギターを使用している。
|
||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||
- ^ いすゞ自動車がかつて生産していた同名車種も同様の理由で英語表記ではUを抜いている
- ^ 音楽界も二世が続々! エイベックスが画策中のあの大物アーティストの娘
- ^ 、小室がASKAの話し声を聞いたら声そのものがコードに聞こえるという[要出典]
- ^ Clip Memo|ASKAさん近況 - CHAGE and ASKA Official Web Site
- 1 ASKAの概要
- 2 ディスコグラフィー
- 3 主な提供曲
- 4 楽曲をカバーした主な歌手
固有名詞の分類
ASKAに関連した本
ASKAに関係した商品