169系とは?

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電車図鑑(しなの鉄道)

しなの鉄道しなの鉄道

169系

169系電車
  クモハ169 (Mc) モハ168 (M') クハ169(Tc)
定員立席なし)(人) 56 64 56
電気方式(V) 直流 1,500
最高速度km/h 110
自重(t) 40.4 37.5 34.0





(mm)
車体長 20,400 20,000 20,400
車体 2,950
屋根高さ 3,654
連結面距離 20,400 20,000 20,400
パンタグラフ折りたたみ高さ 3,983
台車中心距離 14,140 14,000 14,140
台車形式歯車比 DT32B (1:4.21) TR69B




主電動機 MT54D × 8 連続定格出力 105KW
駆動方式平行カルダン方式
主制御器 CS15
抵抗器 MR52
断流器 LB4B LB3B
補助電源装置 MH135-DM61A(20KVA) MH128-DM85(110KVA)
電動空気圧縮機 MH113A-C2000M
パンタグラフ PS23A
冷房装置 AU13E(5500col)×5 AU72(33000col)×1 AU13E(5500col)×5
制御方式 並列弱め界磁発電ブレーキ総括制御
電動カム軸接触器
ブレーキ方式 SED発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ勾配抑速ブレーキ
保安ブレーキ装置自動ブレーキ装置車掌
留置ブレーキ装置自動ブレーキ装置手ブレーキ
保安装置 ATS-SN型、防護無線列車無線
引き戸装置 自動(半自動機能なし)、TK100B
連結器 密着連結器
製造改造初年度 昭和43年


ウィキペディア

ウィキペディアウィキペディア

国鉄165系電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/08 06:19 UTC 版)

(169系 から転送)

国鉄165系電車(こくてつ165けいでんしゃ)とは、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した直流急行形電車




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  1. ^ ただし当初は準急用。
  2. ^ 例えば、山陽本線瀬野 - 八本松の勾配区間では、153系6M6T編成の急行「宮島」でさえ補助機関車の助けを借りざるを得なかった。
  3. ^ MT54は1962年に開発されていたが、本系列が搭載第一号となった。なおMT54は回転特性がMT46と極力一致するように設計されており、1時間定格回転数を比較すると全界磁ではMT46が1655rpm、MT54が1630rpm、弱め界磁ではともに2620rpm(但しMT46は35%、MT54は40%)とされている。
  4. ^ 製造時期によりCS15A・B・C・E形に異なる。
  5. ^ この最終グループ5両について、窓下のグリーン車を表すグリーン帯を製造当初から省略して登場したとする文献が一部に見られるが、これは誤りである。
  6. ^ ビュフェから売店とした理由は、当時の中央東線の急行は登山客による夜行利用が多い事に対し、夜間非営業のビュフェ部分の活用が出来ない(什器保管等の関係から夜間は鎖錠封鎖)事が問題となっていたため。
  7. ^ この為瀬野八の下り勾配を考慮して、本来偶数(山陽本線基準の下り)向きに組むべきクハ153形を奇数向きに組んでいた。
  8. ^ 153系のKE57A形と互換性を持たせて混用が可能。
  9. ^ このグループは暖地向けのため、耐寒耐雪構造は省略された。
  10. ^ 岡山電車区へは1972年2月29日転入し、翌日の3月1日に大垣に再転出のため、書類上の配置である。
  11. ^ 宮原電車区転入後は、修学旅行専用列車廃止後に下関運転所から転入してきた、冷房化改造前の167系と編成を組み、波動輸送用臨時列車に使用されていた。167系の冷房化後は、それまで新快速に使用されていた冷房改造済のクハ165と差し替えられた。
  12. ^ シールドビーム灯の位置が、本来の位置と微妙に異なる車両も存在した
  13. ^ 1974年にサハ164と交換で新潟から松本に転属したサハシ165は、転属と同時にMGを110kVAのものに交換している。
  14. ^ このダクトは新製時からの冷房車には設置されていないものもあり、その場合は冷房車にもかかわらず運転席は非冷房だった。
  15. ^ 越後湯沢にある「アルプの里」にちなんだ愛称で、中央東線の急行「アルプス」とは無関係。
  16. ^ 小海線内は、DD16形のプッシュプル牽引で、電源車代用のスハフ12形連結によりサービス電源を確保した。小海線への本系列入線は、これ以前にも北長野運転所の169系で運転された「葉ッピーきよさと」で実績がある。
  17. ^ 名鉄パノラマカー小田急ロマンスカーとは異なり、完全な2階建て構造とはなっていない。
  18. ^ 実際には183系との併結による営業運転は行われていない
  19. ^ 変わった運用では、2000年に日本テレビクイズ番組『第20回全国高等学校クイズ選手権』全国大会で、"特Qファイアー号"として中央本線・篠ノ井線・信越本線・上越線などで運転された。
  20. ^ 改造後は静岡電車区に配置され東海道線東京口で使用されたが、1971年に高槻電車区(現・吹田工場高槻派出所)に転属し京阪神地区で使用され1978年に廃車となっている。
  21. ^ 房総地区配置車は、中央東線での運用も考慮されモハ164形は800番台車が製造・配置された。
  22. ^ 運転曲線がノコギリ状になることから、これを「ノコギリ運転」と呼び運転士にとっては取り扱いが煩雑で、上り勾配でのスムーズな運転の妨げにもなっていた。
  23. ^ 一部ではCS15案もあった。ただし、451系・471系 - 453系・473系で採用されたノッチ戻しはあるが抑速ブレーキのない制御器が予定されていた。
  24. ^ 1965年度製造分は関東地区用増発分として。1966年度分は山口広島両県からの要請によるもの。
  25. ^ 閉館直前は「さよなら交通博物館」に取り替えられた。
  26. ^ 宮原に転属した車両は転属後早い時期に設備はそのままで湘南色に変更されている。
  27. ^ 1964年から1975年までは田町区に所属。
  28. ^ 代車のクハ165-3を含む。
  29. ^ シーズン中には新前橋区や三鷹区などの165・169系も投入された。
  30. ^ 169系のみで編成を組成する場合もKE70形1基で制御可能であるが、165・167系との混結運転は従来からのKE64形2基による制御回線を使用する。
  31. ^ 2007年に新型車両への置き換えが計画されていたが、「しなの鉄道」の経営状況を考慮して、しばらく新型投入は見合わせると発表されている
  32. ^ 補完的列車として弥彦線経由の快速「やひこ」設定したが、利用率が低く短命に終わっている。
  33. ^ 「赤倉」は、原則として初代ムーンライト編成の3本(赤倉編成=A編成)使用が原則となっていた。末期にはA編成がすでに廃車となっていたため、ムーンライト用M編成や一般車のK編成が単独3両または2本使用の6両で運転されていたが、主に3本のK編成が充当されることが多くなり、最終日は下り最終の3号はK2+K3編成が、上り最終の4号はK1編成が使用された。4号で長野へ到着したK1編成は、同日中に上沼垂運転区に回送された。K編成は、「赤倉」廃止後の同年11月に運転された急行「懐かしの佐渡」で3編成とも使用したのが最後となり、状態が良かったK2編成は三鷹電車区に転属、K3編成は廃車解体、K1編成は同区に保存されていたが、その後発生した水害のために解体された。
  34. ^ その他、三鷹電車区で115系による急行運用が発生した際には、新前橋区のサロ165形をスカ色に塗り替え、引き通し線を改造して長期貸し渡しをしている。
  35. ^ 上野口直流電化区間の近距離急行列車を独占的に担当していた新前橋区の165系であるが、例外として1968年10月1日改正以降「なすの」上り1本を仙台運転所の455系が、1975年3月10日改正以降「あかぎ」下り1本を長野運転所の169系が担当した。これは、本来上野口で夜間滞留となる編成を間合い運用で投入するもので、「なすの」では下りを普通列車で上りは翌朝急行で、「あかぎ」では下りを急行で上りは翌早朝の普通列車で送り込みをする運用がとられていた。
  36. ^ 新前橋電車区の車両運用は複雑なことで知られていたが、一つだけ注意しなくてはいけない約束事があった。それは両毛線に関する運用で、小山口からも高崎口からも方向転換せずにダイレクトに入れるため、線内に「わたらせ」で入った編成と「あかぎ」で入った編成は逆向きになってしまう。そのため折り返しの際には、入線した経路で戻すという鉄則があった。
  37. ^ 松本運転所の編成のうち、冷房用MGの関係で編成から外すことのできなかったサハシ165形・サハ164形を置き換えるため。
  38. ^ 一部機器は、107系電車用に供出。
  39. ^ 1往復は80系電車で運転。
  40. ^ これにより、長野配置の165系はサロ169形に改造されるサロ165形を除き全車新前橋区に転属した。
  41. ^ この列車は下りのみ先頭車の12号車が指定席であった。
  42. ^ 1978年に事故でユニットペアを失ったクモハ169-5は、4年近く保留車とされたものの、1982年に、これまた事故でペアを失ったモハ168-9とユニットを組成した直後に松本に転出。さらに1986年には、クハ169-9とともに幕張電車区へ再転出している。
  43. ^ 1990年夏季の多客対応として、長野運転所の115系3両運用の定期1往復を新前橋電車区の165系6連に変更して運転した事がある。
  44. ^ のちに岡谷まで延長
  45. ^ 大糸線乗り入れ列車用に、サロ85形を改造した1等展望車の導入が計画されていたが、諸般の事情で中止となっている。
  46. ^天竜」から分離。
  47. ^ 中央東線から身延線に入線する場合、一旦新宿方にスイッチバックするため双方の列車の遅延防止という点から付属編成の位置を逆転させた。上り列車については、「みのぶ」が甲府に先着後に一旦引き上げ線に転線後に基本編成に併結作業を行っていた。
  48. ^ さらに1978年10月2日のダイヤ改正で愛称を「アルブス」再統合。
  49. ^ 小海線経由で中込小諸まで運転されていた「八ヶ岳」は廃止。
  50. ^ 最終ユニットは、新潟→大垣→松本と転属している
  51. ^ サハ164形は、1978年の大垣電車区への転属を経て、1979年と1980年に2両とも松本運転所に出戻り転属をしている。なお、サハ164形の売店は1974年の新潟運転所転出以降は使用されなくなっていた。
  52. ^ この編成変更で余剰となったサハシ165形・サハ164形は、篠ノ井線西条駅などに留置された車両もあったが、全車1983年3月までに廃車となった。
  53. ^ これらの改造は松本運転所の169系3両編成にも施工され「改座車」とも呼ばれ、主に臨時列車に投入された。
  54. ^ 『コロタン文庫 鉄道No.1全百科』p204(1981年・小学館)
  55. ^ 一方で、改正直前には車両転配等の関係で早期転入した183系1000番台が急行「鹿島」などに投入された。
  56. ^ 田町電車区には1965年から1968年にかけて順次サロ165形が投入され、非冷房非リクライニングシートのサロ153形を置き換えた。サロ153形はサロ110形に改造されて113系編成に組み込まれていった。また、1975年には下関運転所から転属してきたサロ165形によってサロ152形(既に冷房化改造済)も取り替えられて、田町区のグリーン車はサロ165形に統一された。なお、この時置き換えられたサロ152形もサロ112形に改造されている。
  57. ^ 宮原配置車は、翌1966年から1968年にかけて向日町運転所(現・京都総合運転所)に一時的な転属を行った。
  58. ^ サロ152形は、一部がサロ112形に改造されたが、中には冷房改造されてサロ165形と交換されずに下関所に残存した車両もある(その車両も山陽新幹線博多延長時にサロ112形に改造されている)。
  59. ^ 過渡期には、湘南色のクハ165形が新快速の先頭に立つ姿も見られた。
  60. ^ 同日に三鷹区まで回送された際には「急行」の種別幕が表示された。
  61. ^ 共通予備車であったモハ165-1+モハ164-801のトップナンバーMM'ユニットは、廃車までトイレの汚物処理装置が装備されなかった。
  62. ^ 記念として3月1日から15日まで急行「東海」はヘッドマークを取付けての運転。
  63. ^ ヘッドマークおよびサボは特製品を取付。
  64. ^ 当時運行されていた新大阪発新宮行きの夜行列車(通称「太公望列車」)。大阪環状線に入線するため、ATS-P形搭載車両に限定。
  65. ^ 当時の新宮駅では、新宮以東の未電化区間に投入されていた旧・国鉄色のままで原形を保つJR東海のキハ28・58系気動車と並ぶこともあり、ファンからも注目された。
  66. ^ a b 『JR気動車客車編成表』'02年版 ジェー・アール・アール ISBN 4-88283-123-6
  67. ^ 3001(最終運用投入編成)・3003編成は、1968年に施工された試作冷房改造車の最終残存車でありデハ3101(旧・モハ164-55)は当初AU71形を搭載していた。
  68. ^ クモハ169-27を残し解体済み。
  69. ^ 人気の「湘南色」車両、再び復活 しなの鉄道が運行へ
  70. ^ 12両編成での運転は戸倉まで
  71. ^ しなの鉄道で169系S54編成の引退記念イベント - 『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) 2012年1月22日
  72. ^ しなの鉄道169系S54編成が長野総合車両センターへ - 『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) 2012年2月5日
  73. ^ 当時非冷房のクハ153形は両渡り構造であったため逆向きでの連結も可能。
  74. ^ 帝國車輛工業が唯一製造したサロ165形で、同社が製造した直流急行形電車唯一のサロでもある。






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