169系とは?

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169系


国鉄165系電車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/06/04 13:49 UTC 版)

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国鉄165系電車(こくてつ165けいでんしゃ)とは、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した直流急行形電車




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  1. ^ ただし当初は準急用。
  2. ^ 例として153系6M6T編成の場合、山陽本線瀬野 - 八本松の勾配区間では補助機関車が必要とされた。
  3. ^ 電車モーターを設計していたころ ~昭和40年代の製造現場から(7)~ 渡辺誠 - 鉄道友の会福井支部『わだち』第130号 2010年5月
  4. ^ 1時間定格回転数を比較すると全界磁ではMT46形が1,655rpm、MT54形が1,630rpm、弱め界磁ではMT46形は35%、MT54形は40%で2,620rpmとされる。
  5. ^ 製造時期によりCS15A・B・C・E形に異なる。
  6. ^ DT32系は451系・471系以降国鉄特急・急行形電車の標準台車として採用されており、ダイアフラム形の横剛性を生かしたまま揺枕吊を廃止し高速安定性や乗心地の改善に寄与した。
  7. ^ 既にモハ102形・モハ114形搭載実績があり、以後はモハ454・456形へも波及する。
  8. ^ 奇数向き固定とされたのは3 - 11・109・113・159・161・163・169・171・173・177・179ならびに117 - 135の奇数番号車の29両。
  9. ^ ビュフェから売店とした理由は、当時の中央東線急行は登山客による夜行利用が多い事に対し、夜間非営業のビュフェ部分の活用が出来ない(什器保管等の関係から夜間は鎖錠封鎖)事が問題となっていたため。
  10. ^ a b 制御回路引き通しのジャンパ連結器に関しては153系のKE57A形と165系のKE64形では互換性があり混用も可能。付随車では抑速ブレーキを制御するための制御器ならびに動作に必要な機器も搭載されていないこと。制御車も編成中間組込みや最後尾などの制御を行わない場合に限り、混結されていても制御回路が結線されていれば、編成全体で抑速ブレーキの使用は可能である。出展元:電気車研究会『鉄道ピクトリアル』 2012年10月号№987 特集165・169系電車
  11. ^ 岡山電車区へは1972年2月29日転入し、翌日3月1日に大垣に再転出のため書類上の配置である。
  12. ^ 宮原電車区転入後は、修学旅行専用列車廃止後に下関運転所から転入してきた冷房化改造前の167系と編成を組み波動輸送運用に投入された。167系冷房化後はそれまで新快速運用に投入されていたクハ165冷房改造車と差換え。
  13. ^ シールドビーム灯の位置が本来の位置と微妙に異なる車両も存在した
  14. ^ 1974年にサハ164形と交換で新潟から松本に転入したサハシ165形は同時にMG交換も実施。
  15. ^ このダクトは新製時からの冷房車には設置されていないものもあり、その場合は冷房車にもかかわらず運転席は非冷房。
  16. ^ 名鉄パノラマカー小田急ロマンスカーとは異なり、完全な2階建て構造とはなっていない。
  17. ^ 実際には183系との併結による営業運転は行われていない。
  18. ^ 変わった運用では、2000年に日本テレビクイズ番組『第20回全国高等学校クイズ選手権』全国大会で、"特Qファイアー号"として中央本線・篠ノ井線・信越本線・上越線などで運転された。
  19. ^ 越後湯沢にある「アルプの里」にちなんだ愛称で、中央東線の急行「アルプス」とは無関係。
  20. ^ 小海線内は、DD16形のプッシュプル牽引で、電源車代用のスハフ12形連結によりサービス電源を確保した。小海線への本系列入線は、これ以前にも北長野運転所の169系で運転された「葉ッピーきよさと」で実績がある。
  21. ^ 後の広域転配で中央東線・身延線運用を担当する松本運転所に転出した車両も存在する。
  22. ^ 運転曲線がノコギリ状になることから、これを「ノコギリ運転」と呼び運転士にとっては取り扱いが煩雑で、上り勾配でのスムーズな運転の妨げにもなっていた。
  23. ^ 一部ではCS15案もあった。ただし451・453・471・473の各系列で採用されたノッチ戻しはあるが抑速ブレーキのない制御器が予定されていた。
  24. ^ 宮原転出車は比較的早期に設備はそのままで湘南色に変更された。
  25. ^ 1964年から1975年までは田町区に所属。
  26. ^ 閉館直前は「さよなら交通博物館」に取り替えられた。
  27. ^ 169系のみで編成を組成する場合もKE70形1基で制御可能であるが、165・167系との混結運転は従来からのKE64形2基による制御回線を使用する。
  28. ^ さよなら「湘南色」しなの鉄道車両引退、ファン集結[リンク切れ] - 朝日新聞 2013年4月13日閲覧
  29. ^ 「赤倉」は原則として初代ムーンライト編成の3本(赤倉編成=A編成)が転用された。A編成は1995年までに廃車となったためムーンライト用M編成や一般車のK編成が単独3両または2本使用の6両で運転された。
  30. ^ モハ165形・モハ164形800番台のトップナンバーも含む。
  31. ^ 新前橋区では、三鷹電車区で115系による急行運用が発生した際にサロ165形に引通し線改造とスカ色塗りを施工して長期貸し渡しした実績がある。
  32. ^ 上野口直流電化区間の近距離急行列車を独占的に担当していた新前橋区運用で、例外は1968年10月1日改正以降「なすの」上り1本を仙台運転所の455系が、1975年3月10日改正以降「あかぎ」下り1本を長野運転所の169系が担当した。本来上野口で夜間滞留となる編成を間合い運用で投入するもので、「なすの」では下りを普通列車で上りは翌朝急行で、「あかぎ」では逆に下りを急行で上りは翌早朝の普通列車で送り込みをする運用がとられていた。
  33. ^ 一部機器は107系電車用に供出。
  34. ^ サロ165形2両込み長野方5両が長野編成。上野方3両が湯田中編成。
  35. ^ 1往復は80系電車で運転。
  36. ^ これにより、長野配置の165系はサロ169形に改造されるサロ165形を除き全車新前橋区に転属した。
  37. ^ 1969年10月1日に駅名改称。
  38. ^ 「志賀」は下りのみ12号車が指定席。
  39. ^ 1978年にユニットペアを失ったクモハ169-5は、4年近く保留車とされたものの、1982年にこれまたペアを失ったモハ168-9とユニットを組成した直後に松本に転出。さらに1986年には、クハ169-9とともに幕張電車区へ再転出している。
  40. ^ 1990年夏期の多客対応として、長野運転所の115系3両運用の定期1往復を新前橋電車区の165系6連に変更して運転した実績がある。
  41. ^ のちに岡谷まで延長
  42. ^ 大糸線乗り入れ列車用にサロ85形を改造した1等展望車の導入が計画されていたが諸般の事情で中止となった。
  43. ^ うちMcM'ユニット4組8両とクハ165形2両は一旦浦和電車区(現・さいたま車両センター)に配置されてから早期に松本へ転出扱いの記録がある。
  44. ^ 「天竜」から分離。
  45. ^ 中央東線から身延線に入線する場合、一旦新宿方にスイッチバックするため双方の列車の遅延防止という点から付属編成の位置を逆転させた。上り列車では「みのぶ」が甲府に先着後に一旦引き上げ線に転線後に基本編成に併結作業を行っていた。
  46. ^ さらに1978年10月2日のダイヤ改正で愛称を「アルブス」再統合。
  47. ^ 小海線経由で中込小諸まで運転されていた「八ヶ岳」は廃止。
  48. ^ 新製時からの冷房車で最終製造ユニットのクモハ165-141+モハ164-864は新潟→大垣→松本で転入。
  49. ^ サハ164形の売店営業は1974年の新潟運転所転出以降は行われていない。
  50. ^ この編成変更で余剰となったサハシ165形・サハ164形は、篠ノ井線西条駅などに留置された車両もあったが、全車1983年3月までに廃車となった。
  51. ^ これらの改造は松本運転所の169系3両編成にも施工され「改座車」とも呼ばれ、主に臨時列車に投入された。
  52. ^ 特に海水浴シーズンは顕著になることから、夏ダイヤ期間中のみ他区所から車両の借り受けや転属が行われることが多い。本系列でも1970年の7月・8月の間だけ下関運転所からクモハ165-139+モハ164-862+サハ165-11+クハ165-204を転属させ運用に充当した実績がある。
  53. ^ 一方で早期転入した183系1000番台が急行「鹿島」などに投入された。
  54. ^ サロ153形は非冷房非リクライニングシート車の置換えでサロ110形改造種車としての捻出名義。サロ152形はサロ112形改造種車としての捻出名義である。最終的にこちらは1975年に下関運転所から転入のサロ165形によってサロ152形(既に冷房化改造済)の置換えが完了した。
  55. ^ 1968年9月30日までの愛称統一実施までは「あまぎ」「はつしま」と併結。
  56. ^ この回送線は、JR化後の2015年3月に上野東京ラインとして約42年ぶりに復活することになる。
  57. ^ ただし、東海道本線内は快速もしくは普通列車で運転。
  58. ^ 運用の中には松本から名古屋到着後、列車番号を変えたのみで亀山まで直通する運用も存在した。
  59. ^ モハ164形500番台ユニットは14組製造されているが、残りの3ユニットは新前橋への配置。後に横軽対策も施工され長野運転所に転属し、169系化以前の信越急行に投入された経歴がある。
  60. ^ 翌1966年から1968年にかけて向日町運転所(現・吹田総合車両所京都支所)に一時的な転属を行った。
  61. ^ 過渡期には、湘南色のクハ165形が新快速の先頭に立つ姿も確認された。
  62. ^ 同日に三鷹区まで回送された際には「急行」の種別幕が表示された。
  63. ^ 代車のクハ165-3を含む。
  64. ^ シーズン中には新前橋区や三鷹区などの165・169系も投入された。
  65. ^ 共通予備車であったモハ165-1+モハ164-801のトップナンバーMM'ユニットは、廃車まで汚物処理装置を未装備。
  66. ^ 記念として3月1日から15日まで急行「東海」はヘッドマークを取付けての運転。
  67. ^ ヘッドマークおよびサボは特製品を取付。
  68. ^ 時期によっては名古屋発着。
  69. ^ 当時運行されていた新大阪発新宮行きの夜行列車(通称「太公望列車」)で大阪環状線に入線するため、ATS-P形搭載車両に限定。
  70. ^ 新宮駅では新宮以東未電化区間に投入されていた旧・国鉄色のままで原形を保つJR東海のキハ28・58系気動車と並ぶこともありファンからも注目された。
  71. ^ a b 『JR気動車客車編成表』'02年版 ジェー・アール・アール ISBN 4-88283-123-6
  72. ^ “小田急ロマンスカー20000形車両の富士急行への譲渡について” (PDF) (プレスリリース), 小田急電鉄株式会社、富士急行株式会社, (2013年10月11日), http://www.odakyu.jp/program/info/data.info/8027_3257345_.pdf 2013年10月11日閲覧。 
  73. ^ ありがとうフジサン特急2002号編成 ~懐かしのカラーで富士山麓を駆け抜けます~[リンク切れ] - 富士急行公式サイト
  74. ^ 2月9日(日)2002号編成引退記念イベント中止について[リンク切れ] - 富士急行公式サイト
  75. ^ 東海旅客鉄道株式会社371系車両の購入について - 富士急行公式サイト
  76. ^ フジサン特急2000系車両、平成28年2月7日(日)引退
  77. ^ 2月7日(日)、フジサン特急2000系ラストランイベント開催
  78. ^ 3001(最終運用投入編成)・3003編成は、1968年に施工された試作冷房改造車の最終残存車でありデハ3101(旧・モハ164-55)は当初AU71形を搭載していた。
  79. ^ 人気の「湘南色」車両、再び復活 しなの鉄道が運行へ[リンク切れ]
  80. ^ ただし12両での運転は戸倉までとされた。
  81. ^ しなの鉄道で169系S54編成の引退記念イベント - 『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) 2012年1月22日
  82. ^ しなの鉄道169系S54編成が長野総合車両センターへ - 『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) 2012年2月5日
  83. ^ 169系S51編成坂城駅での静態保存と湘南色への塗色変更について
  84. ^ しなの鉄道で169系さよなら運転 - 『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) 2013年4月28日
  85. ^ ありがとう・さようなら169系、ファイナル急行列車時刻表[リンク切れ]
  86. ^ 小諸→上田で乗車証明証を発行。
  87. ^ しなの鉄道クモハ169-6軽井沢駅へ - 『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) 2013年7月24日
  88. ^ クモハ169-6軽井沢駅旧1番線に移設 - 『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) 2013年7月26日
  89. ^ しなの鉄道169系S52編成2両と115系S5編成が長野総合車両センターへ - 『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) 2013年8月2日
  90. ^ 当時非冷房のクハ153形は両渡り構造であったため逆向きでの連結も可能。
  91. ^ ユニット相手方であったクモハ169-5は、被害が大きくなかったことと製造から10年以内で減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和40年3月31日大蔵省令第15号)に定められた鉄道用車両における電車の償却年数である13年に満たない状態であったことから、復旧後は休車となった。これには当時の長野鉄道管理局(現・東日本旅客鉄道長野支社)では、1975年にクハ180-1 - 3を製造から9年で廃車解体としたこと。また国鉄全体でも事故・故障が多発したDD54形が最長でも約10年、最短4年10ヶ月で全車廃車になり、1976年に国会で問題として取り上げられ会計検査院からも不適切な処理と指摘されたことも関係する。しかし1982年に償却年数である13年を経過していたクモハ169-9が大規模な車両故障を起こし修復せず廃車となった際にユニット相手方を失ったモハ168-9とユニットを組み直し運用に復帰した。
  92. ^ 帝國車輛工業が唯一製造したサロ165形で、同社が製造した直流急行形電車唯一のサロでもある。
  93. ^ 坂城駅で169系S51編成静態保存記念イベント - 『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) 2013年5月26日
  94. ^ 解体時期については不明。
  95. ^ クハ165-120が浜松へ - 『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) 2013年2月14日
  96. ^ モハ165-72が浜松へ - 『鉄道ファン』railf.jp鉄道ニュース(交友社) 2013年3月12日
  97. ^ 側窓のユニット窓化改造施工車
  98. ^ 『イカロス・ムック国鉄&JR保存車大全2015-2016』、p.123 笹田昌宏 イカロス出版 ISBN 978-4-86320-928-2






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