1310年代
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1310年代(せんさんびゃくじゅうねんだい)は、西暦(ユリウス暦)1310年から1319年までの10年間を指す十年紀。
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1310年代
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詳細は「1310年代」を参照 1311年ヴィエンヌ公会議。 イングランドのリンカン大聖堂が完成。尖塔までの高さは160mで初めてクフ王のピラミッドの高さを超えた建造物となる。 北条宗宣が鎌倉幕府第11代執権に就任。 1312年北条煕時が鎌倉幕府第12代執権に就任。 ハインリヒ7世がイタリア遠征途上のローマで神聖ローマ皇帝として戴冠される。 ジェノヴァの航海者ランチェロット・マルチェロがカナリア諸島に到達。 1314年バノックバーンの戦いで、イングランド軍がスコットランド軍に大敗し支配権を喪失。 フランスで「ネールの塔事件」が発覚する。国王フィリップ4世が死去。 1315年北条基時が鎌倉幕府第13代執権に就任。 元のアユルバルワダ(仁宗)が科挙を復活させる。 モルガルテンの戦いでスイス軍がハプスブルク軍に勝利。 1315年-1321年頃ヨーロッパで激しい飢饉。→ 小氷期。 1316年北条高時が鎌倉幕府第14代執権に就任。 1317年鎌倉幕府が持明院・大覚寺両統の迭立を提案するが不調に終わる(文保の和談)。 アヴィニョン教皇ヨハネス22世が回勅「クォルムダム・エクスィギト(ドイツ語版)」により清貧論争を激化させる。 アヴィニョン教皇ヨハネス22世が回勅「スポンデント・パリテル(英語版)」により錬金術を禁止。 1318年花園天皇が譲位し、第96代後醍醐天皇が即位。 イル・ハン国宰相であったラシードゥッディーンが処刑される。 マルセイユにおいて教皇と総長に不服従を示したフランシスコ会厳格派(スピリトゥアル派)の修道士が処刑される。 1319年アルメニア大地震で、アニが壊滅的な被害。
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