映画情報 |
鬼の詩
| 原題: | |
| 製作国: | 日本 |
| 製作年: | 1975 |
| 配給: | ATG |
| スタッフ | |
| 監督: | 村野鐵太郎 ムラノテツタロウ |
| 製作: | 村野鐵太郎 ムラノテツタロウ |
| 本郷淳 ホンゴウジュン | |
| 多賀祥介 | |
| 原作: | 藤本義一 フジモトギイチ |
| 脚本: | 藤本義一 フジモトギイチ |
| 杉浦久 スギウラヒサシ | |
| 村野鐵太郎 ムラノテツタロウ | |
| 企画: | 神田末茂 |
| 撮影: | 吉岡康弘 ヨシオカヤスヒロ |
| 音楽: | 林光 ハヤシヒカリ |
| 美術: | 上野克 |
| 編集: | 中静達治 |
| 録音: | 太田六敏 |
| スクリプター: | 吉岡康弘 ヨシオカヤスヒロ |
| 助監督: | 中島芳人 |
| 照明: | 大石弘一 オオイシコウイチ |
| 特別出演: | 笑福亭松鶴 ショウフクテイショカク |
| 藤本義一 フジモトギイチ | |
| キャスト(役名) |
| 桂福団治 カツラフクダンジ (桂馬喬) |
| 片桐夕子 カタギリユウコ (露) |
| 露乃五郎 ツユノゴロウ露ノ五郎 (桂露久) |
| 中原早苗 ナカハラサナエ (お藤) |
| 信欣三 シンキンゾウ (鍼灸医) |
| 井川比佐志 イガワヒサシ (馬喬の養父) |
| 本郷淳 ホンゴウジュン (せん馬) |
| 早川雄三 ハヤカワユウゾウ (月亭文都) |
| 伊達三郎 ダテサブロウ (仁輪加) |
| 入江洋佑 イリエヨウスケ (医師) |
| 蛍雪太朗 (文雀) |
| 一輪亭花咲 (詩吟師) |
| 浮世亭歌楽 (剣舞師) |
| 解説 |
| 明治末期の大阪の寄席で活躍した桂馬喬を主人公に、上方芸人の芸に対する執念と壮絶な生涯を描く。原作は藤本義一の同名小説。脚本は藤本義一と杉浦久、監督は脚本も執筆している「富士山頂(1970)」の村野鐵太郎、撮影は「夜にほほよせ」の吉岡康弘がそれぞれ担当。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| ほんの一刻、明治の末に、大阪の寄席で桂馬喬は居並ぶ大家の落語より人気を集めた。桂馬喬は桂馬狂ではないかといわれた。まさにその芸は狂であった。しかし、もともと狂っていたわけではない。孤児の馬喬は養父の遺志を継いで芸人となった。最初の彼は古典一途の生真面目な落語を披露していたが、お茶子の露との結婚を境に、積極的な性格に変った。それまでの馬喬は手踊りと芝居咄しを得意とする人気落語家・桂露久の芸を邪道として軽蔑していたのだが、今の彼は、露久の芸を盗み、己れの芸にすべく、一挙一動を真似るのだった。そんなある日、突然、露が流産で死んだ。その日から馬喬の姿が消え、一カ月後、まるで幽鬼のような姿で現われた。以後、馬喬は、幽鬼のような姿で、盲目の乞食巫女を演じ、客席は涌いた。しかし不幸なことに馬喬は天然痘にかかってしまった。病は癒えたが、その顔は無残なあばた顔に変形した。だが、馬喬の芸への執念は、自らの顔を利用した鬼の咄しを考え出して、高座に復帰した。客は馬喬を鬼に見たてて、自分たちが高座の鬼をいじめている錯覚におちいるのだった。他の誰もが真似できない芸を馬喬は己れのものとした。客の馬喬に対する加虐趣味はエスカレートし、ついに馬喬は自分の歪み窪んだあばた顔に煙管を吊した。今日は一本、明日は二本と、客は何本の煙管を吊るすかという期待で集って来た。煙管の林の中に鬼の泣き笑いの顔があった。一本でも多く吊るそうと、馬喬は顔の窪みを深くするために、食を絶った。馬喬が自らの顔に十数本の煙管を吊して、露の位牌の前で死んでいたのは、それから間もなくの事だった。享年、35歳でだった。 |
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