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高浜町
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〒370-3333 群馬県高崎市高浜町
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〒807-0122 福岡県遠賀郡芦屋町高浜町
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高浜町
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/07/13 15:35 UTC 版)
| 高浜町 たかはまちょう |
|
|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 中部地方、北陸地方 |
| 都道府県 | 福井県 |
| 郡 | 大飯郡 |
| 団体コード | 18481-1 |
| 面積 | 72.15km² |
| 総人口 | 11,043人 (推計人口、2011年2月1日) |
| 人口密度 | 153人/km² |
| 隣接自治体 | おおい町・綾部市・舞鶴市 |
| 町の木 | 杜仲 |
| 町の花 | はまなす |
| 高浜町役場 | |
| 所在地 | 〒919-2292 福井県大飯郡高浜町宮崎第71号7番地の1 |
| 外部リンク | 高浜町 |
| ウィキプロジェクト | |
高浜町(たかはまちょう)は、福井県の南西部にある町。嶺南地方にあり、大飯郡に属している。
目次 |
地理
高浜町は福井県の最西端に位置し、青葉山(別名・若狭富士)を境にして京都府舞鶴市などと接している。また、北陸地方の最西端の市町村でもある。
日本海(若狭湾)に面し、大島半島と音海半島の間には、日本の夕陽百選にも選定されている若狭和田海水浴場および快水浴場百選にも選定されている白浜海水浴場などがあり、夏期には多くの海水浴客が訪れる。また音海半島と大浦半島では若狭湾のリアス式海岸が楽しめる。
- 山:青葉山、三国岳 (若狭国・近江国・丹波国) 616m - 福井県高浜町・京都府舞鶴市・綾部市に跨る。
- 河川:関屋川、子生川
- 半島:大島半島、音海半島、大浦半島
- 湾:青戸入江、内浦湾、高浜湾(音海半島と大島半島の若狭湾の通称)
歴史
古代
高浜町は大飯郡の西部地域でしかないため、以下大飯郡全域の歴史を記載する。 古代および大和政権下においては、大飯郡の名が示すように大炊寮という役所が管轄する地域であった。安倍氏や高橋氏など天皇家の食材を司る豪族が、拠点の一つを岡津地区や青郷に構え、塩や魚といった海産物を朝廷に納めていた。
中世・近世
室町時代初期は一色氏が守護を務め、中期・後期は若狭武田氏が替って守護に任命された。若狭武田氏は足利将軍家とも縁戚であり都の公卿や高僧も若狭武田氏の威勢を頼み多数若狭へ下向していた。しかし戦国時代に、代々武田家の家臣の家柄の身でありながら隣国である丹波の丹波守護代内藤氏(松永氏)の後ろ盾を得て若狭守護武田氏に謀反を起こし従わなくなった逸見昌径が勢力を得る。
青郷は足利将軍家の領地である御料所であったが、室町幕府内で奉公衆の地位にあり、将軍家代官でもあった大草氏を逸見氏は攻めた。同じく足利将軍家の直属の家臣であったおおい町の本郷氏領・佐分氏領をも攻め、若狭に於ける三好政権下の武将の一人となる。しかし、より強大な織田信長の勢力が大飯郡に及ぶと、織田氏にあっさりと臣従した(織田氏により後に逸見氏は断絶させられる)。
青郷を追われた大草氏の当主である大草公重は、足利義昭の側近として常に傍に仕え、足利義昭を15代将軍として擁立するため奔走。越前一乗谷にも随行し、さらに義昭が将軍に就任するため上洛するときも警備するなど、忠実な室町幕府の奉公衆として史上大活躍した。
また、逸見氏は、若狭武田家初代武田信栄の菩提寺である長福寺を郊外に移転させ、その地に高浜城を築いた。 織豊期の領主は、変遷したが、関ヶ原後、徳川家康の論功行賞により、京極家の兄弟が、それぞれ若狭、丹後の国持大名となった。この時期に小浜城主京極高次の弟、宮津城主京極高知の娘婿、八条 皇子が丹後・若狭を遊覧し青葉山にちなむ和歌を詠んだ。「はちじょう の みこ」とは八条宮智仁親王のことで、京都八条通りに有名な、桂離宮を造営した人物である。歌人であった親王は、親族の領国であった丹後・若狭の名所をめぐり多数の歌を残した(嫁の実家の宮津にある天橋立の歌が中でも多い)。 江戸時代中期以降は小浜藩の一部となり、一国一城令により、高浜城は廃城。和田に代官所が置かれた。
近代
明治維新後、この地域には旧高浜町、青郷村、和田村、内浦村の各自治体が置かれたが、これらが合併して今日に至る。
若狭高浜藩
最後の高浜城主木下利房は江戸の徳川家康から大飯郡全域の領有を許され高浜藩2万石が成立した。利房は関ヶ原の戦いにおいて西軍に属したため戦後領地を没収されたが、あらたに備中足守において25000石を領することを認められ足守藩主となった。
人口
| 高浜町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 高浜町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 高浜町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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高浜町(に該当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
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固有名詞の分類
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