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香川氏
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2008/10/24 10:21 UTC 版)
香川氏(かがわし)は、桓武平氏鎌倉権五郎景政を祖とする武家。次の2流がある。
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安芸国香川氏
相模国を本貫地とする武家。鎌倉経高が相模国香川(現在の神奈川県茅ヶ崎市周辺)を支配して以降、香川氏を称したのに始まる。この経景は1221年(承久3年)に起こった承久の乱の功により安芸国に地頭職を得、その子景光の代になって安芸国へ移住した。戦国時代には毛利氏に従い、のち岩国領吉川氏の家老職をつとめるようになった。
系図
香川氏の正確な系図は不明であり、あくまでも参考としての記載に留める 鎌倉景政 ┃ (5代?略) ┃ 香川経景(安芸に所領を得る) ┃ (11代?略) ┣━━┓ 行景 元景 ┏━━╋━━┳━━┳━━┓ 光景 元正 就親 政俊 学雄(香川勝雄?) ┣━━┳━━┓ 広景 春継 学澄 ┃ ┣━━┓ 就景 家景 家継 │ ┃ 正矩 正矩 ┣━━┓ 正経 景継
関連項目
- 香川行景(武田元繁に従い討死)
- 香川光景(毛利氏に従う)
- 香川春継(吉川氏家老職)
- 香川正矩(「陰徳記」著者)
- 香川宣阿(歌人・「陰徳太平記」著者)
- 香川景樹(歌道の桂園派の祖)
- 香川勝雄(一門、大蛇退治の伝説)
讃岐国香川氏
讃岐国西部を本貫地とする武家。鎌倉権五郎景政を祖とする。香川直系の家紋は、巴九曜(桓武平氏良茂流)。相模の香川氏(桓武平氏良文流と称する鎌倉党の鎌倉権六郎景秀の後裔)、権六郎景秀(鎌倉権五郎景政の子、または孫(子の景継の子)景政の弟の3説)権六郎景秀の後は、相模介家政が高座郡にあった大庭荘の香川村(現茅ヶ崎市北部の大字)に住み、地名に因み香川権大夫と号した。南北朝時代以降細川氏に従い、白峰合戦での戦功により安富氏とともに讃岐国に入部。代々守護代をつとめ、応仁の乱で活躍し、細川四天王の一に数えられるようになる。その後、讃岐国内で勢力を広げ、戦国時代には讃岐国の西部の大半を支配するほどであった。毛利元就、織田信長、長宗我部元親と周囲の有力勢力に次々と接近し、所領の確保に努めたが、豊臣秀吉が行った四国征伐の際改易となった。
関連項目
固有名詞の分類
関連した本
- 讃州香川氏の歴史を読む (1981年) 香川 安清
- 西久保良行氏追憶録 (1972年) 香川保一

