餅
★1a.餅を食べずに、弓の的にする。
大原長者の伝説 安芸の国・大原の里の長者一家は、下男下女に仕事をまかせて遊び暮らしていた。ある年の正月、長者の息子がたわむれに鏡餅を的にして弓を射ると、餅から血が流れ出し、あたりの雪を赤く染めた。以後、長者の家運は傾き、ついに絶えてしまった(広島県佐伯郡湯来町上水内)。
『豊後国風土記』速見の郡田野 百姓らが多くの田を開き、食糧が余って収穫せずに畝に残すほどであった。彼らは富に奢り、餅を作って弓で射るための的とした。その時、餅は白鳥と変わって南の空へ飛びたった。その年のうちに百姓らは死に絶え、田も荒れはてた〔*『山城国風土記』逸文の類話では没落譚はなく、稲荷神社の起源譚になる〕。
餅が白鳥に化した伝説 下立の長者の娘が入善の坂東長者に嫁入りする時、2里の道に鏡餅を並べ、その上を歩いて行った。娘が歩き始めると、餅は次々に白鳥になって空へ舞い上がり、坂東長者の家に着いた時には鏡餅は1つも残らなかった。それ以後、両長者の家はみるみる衰えた(富山県下新川郡宇奈月町下立)。
*パンを食べずに、その上を踏んで歩く→〔パン〕2bの『パンをふんだ娘』(アンデルセン)。
★2.温石(おんじゃく)代わりに使った餅を、「これを食べよ」と与える。
『大鏡』「時平伝」 八条に住む右大将保忠は、参内する道のりが遠かったので、冬季には、大きな餅を1つ、小さな餅を2つ焼いて、焼き石(=温石)代わりに身にあてていた。餅がさめてくると、小さな餅は1つずつ、大きな餅は2つに割って、御車副(みくるまぞい)の者に投げ与えた。
★3.餅と石。
『遠野物語』(柳田国男)28 早池峯(はやちね)に初めて道を拓いた猟師が、山腹の仮小屋で餅を焼いて食べていた。そこへ大坊主が入って来て、餅に手をのばして食べ始める。猟師が恐ろしく思っていると、大坊主は餅を全部食べて帰って行った。翌日、猟師は白い石を2~3個、餅にまぜて焼いておく。また大坊主が来るが、石を口に入れて驚き、逃げて行った。後、谷底で大坊主が死んでいるのが目撃された。
*瓦を入れて固くした餅→〔性器(女)〕3の『鬼餅』(沖縄の民話)。
*パンが石になる→〔パン〕6の『ドイツ伝説集』(グリム)241「石になったパン」。
★4.餅を搗かない。
濁りが淵(高木敏雄『日本伝説集』第7) 村の金満家の主人が、旅の六部が持つ宝物(*→〔血〕11b)をねらって、彼を斬り殺した。以後、その家では今にいたるまで、蒸した餅を搗かない。搗けば必ず、餅の中に血が混じるので、「ひき餅」というものを代わりに用いている(徳島県那賀郡桑野村)。
雑煮食わずの伝説 戦国時代。豪族の黒田家は、正月元日早朝に一向一揆に攻められた。黒田家の人々は雑煮を祝う暇もなく、城の火で焼かれた餅を食べ、奮戦しつつ逃げた。以後、その折の敗戦を忘れぬよう、黒田家では、正月3が日は雑煮の代わりに焼餅を食べる慣わしである(福井県武生市堀町)。
*猫が雑煮の餅を食べる→〔踊り〕3aの『吾輩は猫である』(夏目漱石)2。
★6.餅と運命。
『妖怪談義』(柳田国男)「妖怪名彙(シズカモチ)」 夜中に、遠方で餅の粉をはたく音が聞こえる。音がだんだん近づくのを「搗(つ)き込まれる」といい、遠ざかるのを「搗き出される」という。「『静か餅』を搗き出される(=音が遠ざかる)」と、運が衰える。「搗き込まれた(=音が近づいた)」人は、箕(み)を後ろ手に出すと財産が入る。
*川の主(ぬし)に餅を与えて、寿命が延びる→〔予言〕2bの『生まれ子の運』(昔話)。
★7.鳥が餅に変わる。
『豊後国風土記』総記 豊国の直(アタヒ)らの祖先菟名手(ウナデ)が仲津の郡・中臣の村に到った時、北から白鳥がやって来て、餅に変わった。しばらくすると、餅はさらに里芋数千株に変化した。景行天皇はこの報告を受けて、土地を「豊国」と名づけた。
★8a.餅のなる木。
『餅の木』(昔話) ずる賢い弟が、木の枝に餅をくっつけ、「餅のなる木だ。食べたあとから、またいくらでも餅が出てくる」と言って、善良な兄に売りつける。兄は枝についている餅を食べるが、そのあとは何も出て来ないので怒る。弟は、「いちばん大きなのが親餅で、それが子を生むはずだったのに、兄さんはそれを食べてしまったからいけないのだ」と言いつくろう。
*袋の中に銭1文でも残しておけば、また金で一杯になる→〔袋〕2の『遠野物語拾遺』137。
月から降った餅 昔、古宇利島に、男の子と女の子が2人だけ現れた。2人は丸裸で、毎日、天から降って来る餅を拾って食べ、のんびり暮らしていた。やがて2人は智恵がすすんで、食べ残しの餅をとっておくようになった。神さまはそれが気にさわり、餅を降らすのをやめてしまった。2人は天を仰ぎ、「お月さま、餅を下さい」とお願いしたが、餅は2度と降らなかった。やむなく2人は、毎日一生懸命に働くようになった。この2人が、沖縄人たちの祖先である(沖縄の伝説)。
*神が天から石を下ろしバナナを下ろす→〔死の起源〕2のバナナ型神話(インドネシア、セレベス島)。
『夜叉ケ池』(泉鏡花) 萩原晃が住む一軒家を(*→〔物語〕4)、親友山沢学円が訪れて、萩原の妻百合に聞かせる談話(はなし)。「縁の下で牡丹餅が化けた話があります。人が物を言うと、その通り、縁の下で口真似をする奴がある。村中が寄ってたかって、口真似するは何ものじゃ、狐か、と聞くと、違う、と答える。狸か、違う、獺(かわうそ)か、違う、魔か、天狗か、違う、違う、・・・しまいに、牡丹餅か、と尋ねた時、応(おう)と言って消え失せた」。
『ぼたもち蛙』(昔話) 婆が嫁に内緒でぼたもちを腹いっぱい食べ、余った5つを鉢に入れ蓋をして、「嫁が見たら蛙になれ。おれが見たらぼたになれ」と言い聞かせる。戸口からそれを見ていた嫁は、ぼたもちを5つとも食べてしまい、代わりに蛙を何匹も入れておく。婆がぼたもちを食べようと鉢の蓋を取ると、蛙が跳び出したので、婆は「こら、ぼた、おれだや。そんげに跳ぶと、あずきが落ちるが」と言って、後を追いかけた(新潟県西蒲原郡)。
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