なん‐せん【難船】
難船
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/30 08:17 UTC 版)
神父エヌパンは、『ル・グリフォン』は激しい嵐の中で失われた、と書いた。彼女の破壊で毛皮交易者らを、そしてイエズス会修道士らをさえ、非難する人々もいた。オタワ族らまたはポタワトミ族らが彼女に乗り、乗組員を謀殺した後、彼女を燃やした、と言う人々もいた。ラ・サールは、水先案内人と乗組員が裏切って彼女を沈め、商品を持ち逃げした、と確信していた。『ル・グリフォン』の損失にかんする説のどれにも決定的な証拠はない。 『ル・グリフォン』は、五大湖の難破船かりうどの「聖杯」("Holy Grail")であると報告されている。沈没した古い帆船の多くは『ル・グリフォン』であることが示唆されているが、しかし他の船であることが証明されたものを除けば、肯定的な識別はなかった。1候補はヒューロン湖のマニトゥーリン島西端にある難破船であり、ミシガン州エスカナーバ近くにある別の難破船も提案された。 『ル・グリフォン』は五大湖で最初に失われた船である、と考える人々もいる。それはラ・サールとトンティによって使用された別の船であったが、1679年1月8日の最初の損失であった。上記のように、情報源複数によると、そのサイズは20トンまたは40トンである。それは錨がきかず漂流し、オンタリオ湖サーティ・マイル・ポイント近くで座礁し、そこでばらばらになった。この船は『Frontenac』と命名されていたと言う人々もいれば、ラ・サールの遠征で使用された別の船が『Frontenac』であったと言う人々もいる。これら船2隻を混同している情報源もいくつかある。 『ル・グリフォン』は五大湖探検グループ(Great Lakes Exploration Group)によって発見されたかもしれないが、しかし潜在的な遺物は、発見者ら、ミシガン州、合衆国連邦政府およびフランス政府が関与する訴訟の対象であった。2001年にミシガン州ポヴァティ島付近で最初に発見されて、ソナーは、数フィートの堆積物の下にある、およそTemplate:Convert/by/AoffSoff (12 × 5.5 m)(『ル・グリフォン』の寸法と似ている)の物体を示している。2010年7月に、五大湖探査グループは、ミシガン州とフランスが難破船を特定するための遺跡評価の次の段階で協力することに合意したことを示すプレス・リリースを発行した。何年にもわたる法的な論争の後、ミシガン州自然資源局(Michigan Department of Natural Resources)は許可証を発行し、2013年6月16日に、合衆国およびフランスの考古学者らが初めて対象物を調べることを可能にする水中ピット1つが掘られた。彼らは、ヒトが作った文化的工芸品であったかもしれない、黒ずんだ木の15インチのスラブを発見した。2013年6月19日に、科学者のチーム複数は、発見された木のポールが緩み、発掘中に湖底に置かれた後、船に取り付けられていない、と判断した。彼らは、それはおそらく数百年前の船に始まる第一斜檣であると結論づけたが、ただし19世紀に漁網に使用された一般的な壺網(pound net)の支柱であると考える人々もいる。当時、他の難船貨物は見つからなかったが、しかし科学者らは他の残骸が遠くないかもしれないと指摘した。 2014年6月23日に、スティーブ・リバートはAP通信に、自分が、前年にミシガン湖で木材スラブ1つが見つかった場所の近くのがれきの原で、徹底的な調査ののち『ル・グリフォン』を見つけた、と自分は信じている、と語った。 2014年12月27日に、潜水夫2人、ケビン・ダイクストラとフレデリック・モンローは、一部にとっては装飾のグリフィンに似ているバウステム(bowstem)に基づいて、自分たちが『ル・グリフォン』だと信じている難破船の発見を発表した。ミシガン当局がその信憑性を検証する座標を受け取った後、2015年6月9日に潜水したとき、彼らの主張はすぐに正体を暴かれた。ミシガン州の海洋考古学者ウェイン・R・ルサーディは、この難破船は、その長さ90フィート (27 m)と、蒸気ボイラー1つの存在のために、実はタグボートであった、という証拠を提示した。 『ル・グリフォン』の難破の場所に関する意見の一致はまだない。クリス・コールとジョアン・フォースバーグによる2015年の書籍『The Wreck of the Griffon』は、これまでに提案された最高の「発見」("discovery")は、ヒューロン湖北部のマニトゥーリン島西岸の灯台員アルバート・カリス(Albert Cullis)による1898年の発見である、と主張している。彼らは決定的な証拠が見つかっていないことを認識しているいっぽうで、そこで見つかった証拠は当時の歴史について知られていることと一致しているし、彼らはもし『ル・グリフォン』が他の場所で見つかったならばそれはカリスによる発見内容の謎を深めるだろう、と仮定している。
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難船
「難船」の例文・使い方・用例・文例
- 遭難船の正確な位置はどこですか.
- 船客たちは救難船に乗り移った.
- 波が荒くて我々は遭難船に近付けなかった.
- F 局は遭難船から救助を求める無線電信を接受した.
- 本船は難船水夫を収容した
- 難船した連中が無事上陸した
- 難船に逢う、破船に逢う
- 船は遠州灘で難船した
- 彼は台湾へ渡航中難船に逢った
- 船は難船の信号を揚げておった
- 難船者
- 難船貨物
- 難船救助
- 難船救助艇
- (難船を救う為に)救助艇を下ろす
- 遭難船
- 難船した人々が鹿島丸に助け上げられた
- 戦争による病傷者や難船者を救助するための船
- 難船の時,海に投げ捨てた積み荷
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