雛屋立圃とは? わかりやすく解説

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雛屋立圃

読み方ひなや りゅうほ

江戸前期俳人京都生。姓は野々口、名は親重・庄右衛門家業人形屋より雛屋・紅粉屋という。松永貞徳俳諧を学ぶが同門松江重頼との確執により貞門から離れ独立貞徳対立する俳諧点者成長し多く門人擁した作風優美温和で、俳諧論『河船徳歳』、発句集『空つふて』等著書多数ある。寛文9年(1669)歿、75才。

雛屋立圃

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/28 07:20 UTC 版)

雛屋 立圃(ひなや りゅうほ、文禄4年〈1595年〉 - 寛文9年9月30日1669年10月24日〉)は、江戸時代初期の日本京都で活動した絵師であり、俳人でもある。野々口(ののぐち)、名は親重(ちかしげ)[1]。立圃、立甫、甫、松翁、日祐、風狂子と号している。野々口 立圃としても知られる。また、俗称として、紅屋庄衛門、市兵衛、次郎左衛門、宗左衛門など諸説がある。絵師としては狩野派に属する。


  1. ^ 竹内玄玄一『俳家奇人談・続俳家奇人談』岩波文庫、1987年、31p。
  2. ^ 竹内玄玄一『俳家奇人談・続俳家奇人談』岩波文庫、1987年、32p。
  3. ^ 仲田勝之助・編校『浮世絵類考』岩波文庫、1982年、38p。
  4. ^ 寛永8年の7月1日と7月30日(最終日)は、西暦グレゴリオ暦)では1631年の7月29日と8月27日。
  5. ^ a b 平凡社世界大百科事典』第2版「はなひ草」
  6. ^ 仲田勝之助・編校『浮世絵類考』岩波文庫、1982年、38p。


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