阪急2000系電車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/06/04 03:50 UTC 版)
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- ^ なお、このモニター屋根は本来の屋根板の上に1段突き出た状態で設置されていたことから「二重屋根(ダブルルーフ)」と呼ばれることもあった。
- ^ この窓はその完成度の高さから、その後8300系まで改良を加えつつ長く継承されることとなった。
- ^ 当初は三宮側を存置していたが、冷房搭載時に梅田側に変更された。
- ^ 従って制御電動車と制御車が中間電動車と付随車よりも3両ずつ多い。
- ^ 端子電圧300V時定格出力150kW/550A/1400rpm、最高回転数4500rpm、最弱界磁率15%。ただし、これは後の昇圧改造時に単純な直巻式電動機に改造されている。
- ^ 東芝の手で国鉄にも持ち込まれ、CS12としてほぼそのままの形で制式化され、広く普及した。
- ^ 50・70・80・90・105km/hの5段階。なお、最高運転速度は110km/hであったが、定速度制御時の追従遅れや速度計の精度誤差を見込んで105km/hを上限に設定してあった。
- ^ ただし、内部つなぎでは1A・1B・2・3の4段となる。
- ^ これに対して京都線の2300系と2800系に採用された東洋電機製造開発の分巻界磁制御機構は黎明期の半導体(ゲルマニウムトランジスタ)を使用したため、初期故障こそ多発したものの、その後は安定した性能を発揮し、電動発電機の回転変動に左右されないシンプルな回路構成もあって、その後も長く維持された。さらには界磁調整器とトランジスタ増幅器のセットを界磁チョッパ制御器に置き換えることで定速度制御機能こそ失われたものの、最後まで回生制動機能が維持されており、東芝方式と明暗を分ける結果となった。
- ^ 住友金属工業では当時平行カルダン駆動の電動車用台車を300番台に、制御車や付随車用の台車を2桁形式としてそれぞれ付番していた。よって2000形はFS-333・345を、2050形はFS-33・45をそれぞれ装着していた。
- ^ この採用に先立って2011(後に2017と交換)に試作のFS-344が試験装着されている。
- ^ 弱め界磁率は4段階で順に73・56・46・38%と設定された。
- ^ 昇圧時に主電動機の換装が実施され、性能が本系列と揃えられた。
- ^ 3000系以降の各系列は妻面貫通路幅が狭いため、転用された2050形については各連結面に貫通路幅を狭めるアダプターが装着された。
- ^ 2053が編成から外され、2053が連結されていた場所には、大阪寄りの4連から2051が移動した。
- ^ この結果、神宝線用車両では5100系以外で唯一京都線特急の2枚看板を掲げた経験がある。
- ^ 冷凍能力10500cal/h。
- ^ 新造時から中間車の車両と異なり、妻面が切り妻ではなく3面折り妻のままで、乗務員用扉の代わりに設けられた側面窓は小さく、運転台仕切りが一部残され旧運転台部には座席がない。
- ^ 他系列への組み込み車についてはこの改造は組み込み先編成に合わせた仕様で行われている。
- ^ 2162-2112-2163-2113+2164-2114の6両。ただし、付随車の2163はこの時点で既に3000系編成へ組み込まれていた。
- ^ 災害によるものを除けば、2000系列以降の阪急車両における唯一の事故廃車である。
- ^ 同時に、神戸本線からの運用も消滅した。
- ^ 2184と2085は長年5000系5000F中に2両が連結した状態で組み込まれており、この2両間の連結面は貫通路が広幅のまま残されていたが、2006年になって下記脚注27の転用で3000系3050F内にバラバラに組み込まれることになり、広幅だった部分にもアダプターが装着された。つまり、両車とも反対側の妻面は写真と逆の処理がなされている。
- ^ 「阪急鉄道同好会報・第63号」p4の記述による。
- ^ 2021・2022・2024・2025・2037及び2072・2073・2075・2076・2088
- ^ 2027・2029・2078・2080
- ^ 2090-2040・2091-2041を電装解除して編成から外し、2077-2028+2079-2030の4両編成に変更。
- ^ なお、不要になった複電圧仕様の電動発電機は、複電圧の箱根登山鉄道に譲渡された。
- ^ 同時に廃車となった3100系3109へ改造された3000系3022の補充として、3000系の機器を装備して再電装が行われている。このような複雑な改造が行われた背景には、廃車となった3109の補充のために先頭車が必要であることと、当時休車中で転用可能な車両のうち2171は元電動車であり、トラップドアの復活などが容易であったためであった。
- ^ 同時に、2088は阪神・淡路大震災で被災した2721を除けば、阪急初の表示幕設置車両の廃車でもあった。
- ^ 2001年にリニューアルを受けた5008Fは2000系を組み込んでいたので無関係。また2000年の2090、2006年の2184と2085は脱車の後に宝塚線の3000系へ再転用されたので、この時点では廃車にはらず、2011年に廃車。
- ^ 1582のみ入線直後の一時期のみFS45を使用していたが、すぐにFS-312に交換された
- ^ この2両の間の貫通幌は広幅貫通路用のものを使用したため、アダプタを車体側に取り付けていた。
- ^ 窓枠などは廃車になった2050の部品を流用した。
- ^ 1555Fを皮切りに1553F、1550/1560F、1552F、1554F、1551Fの順で施行された。1550/1560Fは先述の編成分割と同時にワンマン改造が行われ、1997年11月のダイヤ改正までは「1550-1500+1560-1510」という4両編成を組んでいた。
- ^ 当初は2009年3月までの予定だったが、4月以降も車内の写真集は撤去してオリジナルカラーでの運行は継続され、2月28日に100周年記念号のさよなら運転が行われた。
- ^ 1752Fを皮切りに1755F、1758F、1751F、1756F、1754F、1753F、1757Fの順で施行された。運用(当時は平日朝ラッシュ時はワンマン対応編成でもツーマン運転だったため、未改造編成は朝専用運用だった。)の関係で必要編成数だけ順に改造する形をとり、最後の1753Fと1757Fは2003年にまで延びた。
- ^ 1753形に形式変更。
- ^ 廃車前から運用離脱状態にあった。なお、最後まで塗装のマルーン化がなされていなかったことから、塗り替え直前に旧塗装消滅のイベント列車に使用された。
[続きの解説]
「阪急2000系電車」の続きの解説一覧
- 1 阪急2000系電車とは
- 2 阪急2000系電車の概要
- 3 能勢電鉄に譲渡された2000系
- 4 現在
- 5 外部リンク
固有名詞の分類
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