関西六大学野球連盟_(旧連盟)とは?

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関西六大学野球連盟 (旧連盟)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/28 06:14 UTC 版)

関西六大学野球連盟 (旧連盟)(かんさいろくだいがくやきゅうれんめい、英語表記はKANSAI BIG6 BASEBALL LEAGUE)とは、関西地域に所在する大学の硬式野球部により構成された大学野球リーグである。

1982年に結成され現在に至る関西六大学野球連盟とは生い立ちにおいて直系の前身母体ともいえるが、1981年初冬~1982年春にかけての関西大学野球連合の解体とその後の編成騒動により、その前後で内容(連盟の構成校、規約など)が一新されたものとなり、その再編騒動を挟み一般的には旧連盟と新連盟に分類され、現在においては全く別の連盟(後述参照)として扱われている。


  1. ^ 当時の京都五大学野球連盟に所属していた医科大学は、京都府立医科大学ではなく京都帝国大学に吸収合併前の京都医科大学ではないかとの説もあるが、いずれも否定・肯定の決め手となる確証が現状では得られていない。なお、京都府立医科大学の硬式野球部は廃部になり現在していないが、廃部前には京滋大学野球連盟に加盟していた。
  2. ^ 神戸大学(野球部)は関西学生野球リーグ側と新関六リーグ側の双方から招聘を受けていたが、表向きは当時所属の近畿大学野球連盟の運営方針に強く共感するところがあるので、引き続き近畿大学野球リーグに残留することを望むことを表明し双方から要請を辞退した。当時の周囲の見解は、一方の要請を受けることで渦中の騒動や将来の遺恨などに巻き込まれることを避けたと言われている。また、仮に実際に神戸大学がどちらかの要請を受け入れた場合、関西学生・新関六ともに新しいリーグの加盟校数が6校に収まらないことになり、さらに複雑な状況を招いたことが想像される。それらの事に関して当時、新リーグ結成組の関関同立が近大の加盟という前提を抱えて加盟校数の問題に関する帰結をどう考えていたか(7校構成にしたのか、8校目を招聘したのか、どこか1校を除くか)、また残った大商大・京産大の関六維持側にしても同様の問題があったわけだが、その問題の種が現実として回避されたため、当時のその辺りに関する詳細は不明となっている。少なくとも、当時、関関(関関同立の中でも当時新リーグ結成を主導したのは関関)が大商大・京産大が主張した案を拒否する理由の一つとして、「7校以上のリーグ構成は現実的ではないので、あくまで6校の構成で」というものを挙げていたので、関関同立としては神戸大が招聘に応じるか否かに関わらず、新リーグの構成は6校にする処置とったものと予想される。


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