関東大震災とは?

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関東大震災

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/06/15 08:46 UTC 版)

関東大震災(かんとうだいしんさい)は、1923年大正12年)9月1日11時58分32秒(日本時間、以下同様)に関東地方又は近隣で発生した大正関東地震による地震災害である[注釈 1]。神奈川県・東京府を中心に千葉県茨城県から静岡県東部までの内陸と沿岸に広い範囲に甚大な被害をもたらした。加藤友三郎内閣総理大臣8月24日(震災発生8日前)に急死していたため、9月1日の地震発生時およびその後は内田康哉内閣総理大臣臨時代理として職務を代行した。




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注釈

  1. ^ この地震の震源の位置は研究者によって見解が異なっており、相模湾のほぼ中央部を震源とする説(今村明恒[1924]の北緯34.98度、東経139.37度、ハーバート・ターナー[1927]の北緯35.0度、東経139.5度)、相模湾の北部を震源とする説(Matuzawa[1928]の北緯35.27度、東経139.33度、ベノー・グーテンベルグチャールズ・リヒター[1954]の北緯35.25度、東経139.5度、宇佐美龍夫[1966]の北緯35.2度、東経139.3度)、神奈川県秦野市付近を震源とする説(金森博雄、宮村摂三[1970]の北緯35.4度、東経139.2度)、山梨県の河口湖付近を震源とする説(Hirano[1924])などがある。また、震源の深さは金森と宮村によれば0-10kmとされている[1]。地震の規模を表すマグニチュード(M)は、7.9から8.3の推定が有る[2][3][4]
  2. ^ 陸軍本所被服廠跡地の面積が東京ドームの1.5倍の広さであるため。
  3. ^ 日本におけるラジオ放送開始は1924年(ラジオ#日本初のラジオ放送)。
  4. ^ 関東大震災犠牲同胞慰霊碑を参照。
  5. ^ 日本共産党員で詩人の壺井繁治の詩「十五円五十銭」による。ただし創作以上のものは未確認。
  6. ^ この調査では「屍体を発見できなかった同胞」数が2889人として、これも「虐殺数」に計算している。
  7. ^ 当時及び2015年現在の大韓民国政府の「部」は日本の「省」に相当し、その長官は、日本の大臣に相当する
  8. ^ 大阪市は1925年に近隣の東成郡西成郡全域を編入したため、単純に市の面積が東京市より広いということもあった。
  9. ^ 岡田紅陽写真美術館による[91]
  10. ^ 同写真は東京大学社会情報研究所廣井研究室のウェブページに 「東京吉原遊郭内池中より水死者引上の惨状」]として掲載されている[94]
  11. ^ 明治44年の吉原大火時の写真を捏造したものではないかとも話題になった[90]

出典

  1. ^ 金森博雄、宮村摂三「Seismomentricak Re-Evalution of the Great Kanto Earthquake of September 1, 1923 (PDF) 」 、『東京大学地震研究所彙報』第48冊第2号、東京大学地震研究所、1970年6月10日、 115-125頁、 ISSN 09150862
  2. ^ Kawasumi(1951): 有史以來の地震活動より見たる我國各地の地震危險度及び最高震度の期待値, 東京大學地震研究所彙報. 第29冊第3号, 1951.10.5, pp.469-482.
  3. ^ Richter, C. F., 1958, Elementary Seismology, W. H. Freeman Co., San Francisco.
  4. ^ Duda, S. J., 1965, Secular Seismic Energy Release in the Circum-Pacific Belt, Tectonophysics, 2, 409-452.
  5. ^ 当時の電力会社の外債発行状況は以下のように英米向けである。復興に不必要な最新設備をゼネラル・エレクトリックなどから購入する費用も含まれている。NHK 1995.
    東京電灯 大正12年6月 300万ポンド
    大同電力 大正13年8月 1500万ドル
    東京電灯 大正14年2月 60万ポンド
    宇治川電気 大正14年3月 1400万ドル
    東邦電力 大正14年3月 1500万ドル
    東邦電力 大正14年7月 30万ポンド
    大同電力 大正14年7月 1350万ドル
    東京電灯 大正14年8月 2400万ドル
    信越電力 昭和2年12月 675万ドル
    日本電力 昭和3年1月 900万ドル
    東京電灯 昭和3年6月 7000万ドル
    東京電灯 昭和3年6月 400万ポンド
    東邦電力 昭和4年7月 1145万ドル
    日本電力 昭和6年2月 150万ドル
    台湾電力 昭和6年7月 2280万ドル
    外債を引受けた金融機関を発行元ごとに掲げる。日本興業銀行 『日本外債小史』 1948年 4章4節4-9
    ・東京電灯 - 1890年から死ぬまでリチャード男爵が社長だったAnglo-American Debenture; The Whitehall Trust; モルガンのギャランティ・トラスト; ラザード; ディロン・リード(ディロン債は信越電力より債務承継)
    ・大同電力 - ディロン・リード
    ・宇治川電気 - Lee, Higginson & Co.
    ・東邦電力 - ギャランティ・トラスト; Pludencial Assurance Co.; ギャランティ・トラスト
    ・日本電力 - Harris, Forbes & Co.
    台湾電力 - JPモルガン; クーン・レーブ; ナショナル・シティー; ニューヨーク・ファースト・ナショナル; 横浜正金銀行
    ホワイトホール・トラストをつくったピアソンは、1999年までラザード株の半分を保有した。ピアソンの沿革は英語版Pearson plc History を参照されたい。
  6. ^ NHK取材班 『金融小国ニッポンの悲劇』 角川書店 1995年 pp.48-51.
  7. ^ 田原啓祐 関東大震災後における逓信事業の復旧と善後策 科学研究費補助金若手研究(B)「戦前期における郵便事業の展開と社会への普及 過程」(研究課題番号:23730332)による研究成果の一部。p.36.
  8. ^ 諸井孝文、武村雅之:関東地震 (1923年9月1日) による被害要因別死者数の推定日本地震工学会論文集 Vol.4 (2004) No.4 P21-45
  9. ^ 鹿島小堀研究室の研究成果を基に、理科年表が関東大震災の被害数を80年ぶりに改訂
  10. ^ 工藤美代子「関東大震災『朝鮮人虐殺』の真実」産経新聞出版
  11. ^ 相馬清二:被服廠跡に生じた火災旋風の研究地學雜誌 Vol.84 (1975) No.4 P204-217, doi:10.5026/jgeography.84.4_204
  12. ^ 目黒公郎、柳田充康、高橋健文、関東大震災の延焼火災に与えた建物被害の影響について 生産研究 Vol.55 (2003) No.6 P577-580, doi:10.11188/seisankenkyu.55.577
  13. ^ 関東大震災 学ぶべき教訓 朝日新聞DIGITAL
  14. ^ NHKスペシャル「カラーでよみがえる東京~不死鳥都市の100年~」より
  15. ^ 藤原咲平編『関東大震災調査報告(気象篇)』中央気象台刊行
  16. ^ 武村雅之:1923年関東地震の本震直後の2つの大規模余震 強震動と震源位置 地學雜誌 Vol.108 (1999) No.4 P440-457
  17. ^ 山岳トンネルの地震被害とそのメカニズム
  18. ^ a b 草鹿龍之介『一海軍士官の反省記』176頁
  19. ^ a b 『関東一帯を騒がした鮮人暴動の正体はこれ:放火殺人暴行掠奪につぎ橋梁破壊も企てた不逞団 (記事差止め昨日解除)』その1 東京時事新報1923.10.22
  20. ^ a b 『関東一帯を騒がした鮮人暴動の正体はこれ : 放火殺人暴行掠奪につぎ橋梁破壊も企てた不逞団 (記事差し止め昨日解除)』その2 東京時事新報1923.10.22
  21. ^ 報知新聞1923年9月5日号外
  22. ^ 報知新聞1923年10月20日
  23. ^ a b c d e f 中央防災会議 (2008年3月). “1923 関東大震災【第2編】”. 内閣府. 2014年11月17日閲覧。
  24. ^ a b c 師岡康子 (2013-12-20), ヘイト・スピーチとは何か, 岩波書店, ISBN 978-4-00-431460-8 
  25. ^ a b c d e f 関東大震災における朝鮮人虐殺――なぜ流言は広まり、虐殺に繋がっていったのか”. 株式会社シノドス (2014年11月10日). 2014年11月17日閲覧。
  26. ^ 鮮人ニ対スル迫害ニ関シ告諭ノ件: 内閣告諭第二號』 アジア歴史資料センター Ref.A01200507700 
  27. ^ 東京市編 『大詔を拝して』 1923 (一部に誤字・脱字・異字あり)
  28. ^ a b c 金 2014, p. 7
  29. ^ 『現代史資料 第6巻-関東大震災と朝鮮人』みすず書房
  30. ^ 『東京震災録』 東京市役所編・刊、1926年、P292、303、305
  31. ^ 報知新聞1923年9月5日号外
  32. ^ 報知新聞1923年10月20日
  33. ^ 石井光次郎『回想八十八年』カルチャー出版刊、1976年発行[要ページ番号]
  34. ^ 『経済学辞典・中』経済学全集、第57巻、改造社、1933年、545頁,大正大震災(関東)の項。
  35. ^ 日本弁護士連合会人権擁護委員会 (2003-08-25), 関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺人権救済申立事件調査報告書, 日本弁護士連合会 
  36. ^ a b 草鹿『一海軍士官の反省記』177頁
  37. ^ 1923年10月6日付読売新聞
  38. ^ 実際は、4合ビンに入れられた井戸水を飲み干して見せ、「朝鮮人が井戸に毒を入れたというのはデマである」と、自警団を追い返したのは、朝鮮人49人を保護した川崎警察署長・太田淸太郎警部との検証もある(「神奈川県下の大震火災と警察」神奈川県警察部高等課長西坂勝人著)(毎日新聞湘南版2006年9月9日朝刊)
  39. ^ 草鹿『一海軍士官の反省記』179頁
  40. ^ 草鹿『一海軍士官の反省記』177-178頁
  41. ^ 中馬馨『市政に夢を』大阪都市協会(昭和47年(1972年))、p.563
  42. ^ a b 福田村事件(香川人権研究所)
  43. ^ 朝鮮罹災同胞慰問班の一員から聞いたという伝聞(「朝鮮人虐殺事件」吉野作造 『現代史資料(6) 関東大震災と朝鮮人虐殺』P357)
  44. ^ a b 姜徳相『新版 関東大震災・虐殺の記憶』 青丘文化社
  45. ^ 在日韓人の北送問題に対する政府の立場
  46. ^ 藤岡町役場文書に残された「藤岡事件」行政文書に残された朝鮮人虐殺事件
  47. ^ 司法省「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書」
  48. ^ 関東大震災時の朝鮮人虐殺名簿 韓国政府機関が検証開始, YONHAP NEWS AGENCY, (2014-07-07), http://japanese.yonhapnews.co.kr/society/2014/07/07/0800000000AJP20140707002900882.HTML 
  49. ^ 関東大震災時の朝鮮人虐殺名簿 第1次検証結果発表=韓国, YONHAP NEWS AGENCY, (2015-01-18), http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2015/01/18/0200000000AJP20150118000200882.HTML 
  50. ^ 関東大震災時の朝鮮人虐殺犠牲者 40人確認=韓国政府, YONHAP NEWS AGENCY, (2015-12-16), http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2015/12/16/0400000000AJP20151216001000882.HTML 
  51. ^ 東京大正震災誌、大正14年4月
  52. ^ 東京市震災状況概要、1923年(大正12年)12月
  53. ^ 東京大正震災誌、1925年(大正14年)4月
  54. ^ 鈴木淳 『関東大震災』 筑摩書房、2004年、P224
  55. ^ 平野聖; 石村眞一 『大正・昭和前期における扇風機の発達国立科学博物館 産業技術史資料情報センター、2004年。
  56. ^ せき止め湖・壁の亀裂…神奈川、関東大震災のつめ跡 日経新聞 2013/8/31 6:30
  57. ^ 「軍艦加賀を航空母艦に改造する件」pp.5
  58. ^ 「軍艦加賀を航空母艦に改造する件」pp.1
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  66. ^ a b p254 『新訳紫禁城の黄昏』 レジナルド・フレミング・ジョンストン著 岩倉光輝訳 本の風景社 2007年
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  71. ^ 川端康成「大火見物」(文藝春秋 1923年11月号)。随筆1 1982, pp. 7-10に所収
  72. ^ a b 「数学志望から文学志望へ」(アルバム堀 1984, pp. 2-13)
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  76. ^ a b 児玉 2014, p. 78
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  78. ^ 芥川龍之介 「大正十二年九月一日の大震に際して」『筑摩全集類聚 芥川龍之介全集 4』 筑摩書房 (青空文庫)。
  79. ^ a b c d 児玉 2014, p. 79
  80. ^ 芥川龍之介 『侏儒の言葉』 青空文庫。 (「或自警団員の言葉」は単行本『侏儒の言葉』刊行時に未収録)
  81. ^ 川端俊英 2015, p. 58
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  83. ^ 新撰 芸能人物事典 明治~平成
  84. ^ 『今村均回顧録』 今村均、芙蓉書房、1980年
  85. ^ 『遷都 - 夢から政策課題へ』八幡和郎、中央公論社、1988年
  86. ^ 関東大震災直後ノ詔書
  87. ^ 『外国車ガイドブック1991』p.196
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  89. ^ おでんの変遷とこれから、紀文食品、2013年6月18日閲覧。
  90. ^ a b c 韓国記録写真研究家が関東大震災の朝鮮人虐殺写真を訴える 別の写真を使い捏造の可能性? ガジェット通信 2013.02.03
  91. ^ a b 美術館日記: 岡田紅陽が撮影した関東大震災の写真について” (2013年2月4日). 2013年2月8日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年12月26日閲覧。
  92. ^ 民団新聞 <関東大震災>虐殺の主体鮮明に…横浜市教委が中学生用副読本を改訂 [1]
  93. ^ 中学校副読本:誤解招く表現 横浜市教委が処分 毎日新聞 2012年9月29日
  94. ^ 東京大学社会情報研究所廣井研究室のウェブページ内「災害情報資料室」の「02関東大震災絵葉書」写真54
  95. ^ 関東大震災朝鮮人虐殺当時の写真か 韓国研究家が公開 2013年2月3日
  96. ^ 竹久夢二美術館監修 『竹久夢二 大正ロマンの画家、知られざる素顔』 河出書房新社、2014年1月







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