三省堂 大辞林 |
ながおかきょう ながをかきやう 【長岡京】
(2)京都府南部の市。古代の長岡京のあった所で、付近は古墳が多い。近年、住宅のほか工場が立地。乙訓(おとくに)筍(たけのこ)は特産物。
防府歴史用語辞典 |
ウィキペディア |
長岡京
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/12/30 13:21 UTC 版)
長岡京(ながおかきょう)は、784年(延暦3年)から794年(延暦13年)まで山城国乙訓郡に存在した日本の首都。現在の京都府向日市、長岡京市、京都市西京区にあった。
概要
長岡京は桓武天皇の命により、平城京から北へ40kmの長岡の地に遷都して造営され、平城京の地理的弱点を巧みに克服しようとした都市であった。長岡京の近くには桂川や宇治川など、3本の大きな川が淀川となる合流点があった。全国からの物資を荷揚げする港「山崎津」を設け、ここで小さな船に積み替える。そこから川をさかのぼると直接、都の中に入ることができた。長岡京にはこうした川が3本流れ、船で効率よく物資を運ぶことができたので、陸路を使わざるを得なかった平城京の問題を解消できた。
発掘調査では、ほぼ各家に井戸が見つかっていることから、そこに住む人々も豊かな水の恩恵を受けていた。平城京で問題となっていた下水にも対策が立てられた。道路脇の流れる水を家の中に引き込み、排泄物を流すようになっていた。長岡京の北西で湧いた豊かな水は、緩やかな斜面に作られた都の中を自然に南東へ流れ、これによって汚物は川へ押し流され、都は清潔さを保っていた。
桓武天皇は自らの宮殿を街より15mほど高い地に築き、天皇の権威を目に見える形で示し、長岡京を天皇の都であることを強調した。
歴史
「続日本紀」で桓武天皇とその側近であった藤原種継のやり取りが残っており、「遷都の第一条件は物資の運搬に便利な大きな川がある場所」という桓武天皇に対し、種継は「山背国長岡」を奏上した。また、長岡は藤原種継の実家があり、支持基盤がある場所でもあった。その他の理由として、
等の説がある。784年(延暦3年)は甲子革令の年であり、桓武帝は天武系から天智系の天皇であったことも興味深い。
785年(延暦4年)の正月に宮殿で新年の儀式を行ったが、都の建築開始からわずか半年で宮殿が完成していたことを意味する。その宮殿建設では、反対勢力や遷都による奈良の人々への影響を意識した段取りをする。当時、宮殿の建設は今ある宮殿を解体して移築するのが一般的であったが、平城京から宮殿を移築するのではなく、難波宮と長岡京は淀川で通じていることから、難波宮の宮殿を移築した。また、遷都の際に桓武天皇は朝廷内の改革に取り組み、藤原種継とその一族を重用し、反対する勢力を遠ざけた。
しかし、同年9月に造長岡宮使の藤原種継が暗殺された。首謀者の中には、平城京の仏教勢力である東大寺に関わる役人も複数いた。そして桓武天皇の皇太弟早良親王もこの反逆に組していたことが明らかになり、早良親王が配流され、親王は恨みを抱いたまま死去する。その後
- 日照りによる飢饉、疫病の大流行や、皇后や皇太子の発病
- 原因を探るために占ったところ、早良親王の怨霊であることがわかり、御霊を鎮める儀式を行う
- しかし、その2ヵ月後に大雨が襲い、都の中を流れる川が氾濫し、大きな被害となる
など、次々と発生していた。災難、身内の不幸、祟りが起こる原因を、天皇の徳のない証拠、天子の資格がないと民衆に判断されるのを桓武天皇は恐れ、わずか10年後の794年(延暦13年)に平安京へ遷都することになる。
なお、近年まで「幻の都」とされていたが、1954年(昭和29年)より、高校教員であった中山修一(後、京都文教短期大学教授)を中心として発掘が開始され、翌1955年(昭和30年)、大内裏朝堂院の門跡が発見されたのを皮切りとして、今日までにかなり発掘調査が進み(当該地域で急速な宅地化、工業地化が進み、緊急調査を強いられ続けた側面もあるのだが)、1964年(昭和39年)に国の史跡に指定された。発掘の結果わかったことは次の通りである。
- 未完成で放棄されたとした従来の定説と異なり、難波宮や他の旧宮、平城京の建造物を移築し、かなり完成した姿であった
- 平城京、平安京と並ぶ京域を持つ都であった。
また、その期間の短さから形だけの遷都、本来の目的は山背国で長岡の地は大規模な遷都への準備であり方違えではなかったのかとの説もある。
関連項目
| 先代: 平城京 |
日本の首都 784年(延暦3年) - 794年(延暦13年) |
次代: 平安京 |
固有名詞の分類
- 郵便局110万円強盗、男を逮捕 京都・長岡京MSN産経ニュース
関連した本
- 桓武と激動の長岡京時代 (歴博フォーラム) 山川出版社
- 宮都のロマン―長岡京発掘50年の成果 京都新聞社 京都新聞出版センター
- 長岡京発掘 (NHKブックス (464)) 福山 敏男 日本放送出版協会

