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連節バス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/12/28 00:09 UTC 版)
連節バス(れんせつバス、連接バスとも書く)とは、大量輸送のために車体が2連以上につながっているバスである。
単なるトレーラーバスとの違いは、各車体間が幌で繋がれ、自由に行き来が出来ること。
目次 |
構造
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連節部は左右だけでなく上下にも折れ曲がる構造
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中国・北京で使用される車両の連節部車内
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先頭車両の後ろに関節で複数台のバスが連結された構造で、通常は、先頭車両が前後2軸、中間および最後部の車両は後部1軸[1]となっている。各車両間には幌があり通り抜けることができる。
エンジンの配置は、先頭車両の床下にミッドシップエンジンとして置き後部車両を牽引するものと、最後部車両にリアエンジンとして置き中間・先頭車両を推進するものがある。従来は、安定性などの面から先頭車両にエンジンを配置するものが多かったが、車両のノンステップ化の推進により、現在は最後部車両に置くものが、多勢である。
車両の全長は2車体連節で概ね18m~19mで、旅客定員は110~190人程度である。3車体連節の場合は約24~26m程度で約270人となる。
導入事例
欧州諸国を中心に多くの国で、採用されている。
以下に特徴的な事例を採り上げる。
カナダ
- バンクーバー:UBC - ブロードウェイ駅間を「99 B-LINE」、バラード駅 - リッチモンドセンター間を「98 B-LINE」の愛称で、特急バスとして運行されている他、利用者の多い路線にも使用されることがある。
アメリカ合衆国
- ロサンゼルス:ロサンゼルス郡都市圏交通局(メトロ)が、多客路線のメトロ・ラピッド(快速バス)(特にサンタモニカ - コマースセンターの720番が有名)として多数運用しており、一部のメトロ・ローカル(一般各駅停車バス)にも多客路線を中心に導入されている。
ドイツ
- ドイツ シュトゥットガルト・ミュルハウゼンで運行される連接バスの例。
ブラジル
- パラナ州クリチバ市では3両連接のバス(Bi-Articulado)を使用している。バスラピッドトランジット(BRT、バスを使用した中量輸送システム)の実例として名高い。他にもサンパウロ市などの大都市圏で2連接バスの実例を多数見ることができる。
大韓民国
- ソウル特別市:2004年7月より、BRTを視野に入れた大規模な路線再編で誕生した幹線バス(ブルーバス)の一部に、イヴェコ製2連節バスを投入したが、投入されたバスが大型で道路環境に合わないなどの事情や、事故・故障が多発するなどの要因から、2008年末に利用を終了した[2]。
タイ
- 首都バンコク:において、バンコク大衆運輸公社(BMTA)により導入されている。導入は97年ころ。511番路線(南行きバスステーションからパーックナームま)、145(北行きバスステーションからパーックナームまで)で使用されている。総台数は40台程度と見られる。
日本
先進諸国の中では車両の大きさなどの制限が最も厳しく、全長は12m以下に抑えられている。このため、連節バスの導入例は数例にとどまる。
車種
いすゞBXツイン・バス
1950年2月、いすゞ自動車は当時のベストセラーバスであったいすゞBX91をベースにした連節バス1両を試作製造した。ボディはいすゞと提携したばかりの川崎産業(川崎航空機工業の前身。後のいすゞバス製造)が架装した。当時は「連節バス」ではなく「双子バス」と呼ばれた。全長11m、運転者1名と車掌2名が乗務し、定員は75名(BX91は定員52名)で、関節部は上下方向にしか折れ曲がらない代わり、後部車体にある第三軸が操向した。製作はそれ1両のみで、同車は八戸市交通部に納入されて営業運転に使用され、後に弘南バスに移籍した。
科学万博スーパーシャトルバス
1985年に開催されたつくば科学万博会場への交通アクセス手段として、スウェーデン・ボルボ製(ボディは富士重工業製)の連節バスが1984年~1985年にかけて100台導入された。運行区間は、万博会場と常磐線上の臨時駅である万博中央駅(現在のひたち野うしく駅の場所に会期中のみ開設されていた)との間のみであった。これは、車両自体が大型であることから道路交通法の特例措置を受ける形で運行されたことによる。
閉幕後、80台はオーストラリアへ輸出され、残りの20台のうち1台は富士重工業伊勢崎製作所(現在のスバルカスタマイズ工房)に保存のため引き取られた。
その他の19両は東京空港交通が都心(東京シティエアターミナル)と成田空港を結ぶ連絡路線バスとして使われていたが、一般道を通行できない、有料道路でも首都高速湾岸線は通れず京葉道路しか通れないなど、運行路線と途中経路を限定する形で道路交通法の特例措置を受けて運行されたことから、渋滞等により迂回路を使用するフレキシブルな運用ができないデメリットがあり、後に運行を廃止。そのうちの3両が成田空港内ランプバスとして使用された後、1999年に旭川電気軌道に移籍し、2004年まで冬期の通学路線用として使用されていた。
保存車として、スバルカスタマイズ工房に引き取られた個体は、その後部品供出の為に欠品がかなり目立つようになり、2000年頃に解体されている。
残った最後の1台は2008年民間団体「アキバエクスプレス」が解体寸前だった同車を購入し、埼玉から栃木までの80kmを自走したあと動態保存に向けて整備されている。この個体が国内での唯一の可動車体である。[1][2][3]
1998年以降
その後、ボルボは1998年に連節バス(ボディは富士重工業製)を日本で正式発表したが、導入されたのは京成電鉄(現在は京成バス)千葉県千葉市内の路線に導入された10両だけで、2000年に販売が中止された。この京成バスの車両を使用して、石川県金沢市では2004年11月13日から11月28日にかけて、金沢市内で連節バスの運行実験が行われた[3]。運行は北陸鉄道が担当した。
2005年3月に神奈川中央交通(神奈中バス)がドイツ・ネオプラン製セントロライナー(エンジンはMAN)2両を導入し「ツインライナー」として神奈川県藤沢市内の路線で運行開始、同年9月には4両に増備された。2008年8月12日から8月16日にかけて、新潟県新潟市内で連節バスの運行実験が行われた[4]際には、神奈川中央交通のセントロライナー1台が乗務員込みで貸し出された。
2007年末にはメルセデス・ベンツ・シターロ4両が導入され、2008年2月より神奈川県厚木市内の路線で営業運行を開始しているが、車体幅2.55mの路線バスは単車体の車両を含めても日本では初めての導入例となった。2009年10月10日から10月12日にかけて、静岡県浜松市内で連節バスの運行実験が行われた[5]際には、神奈川中央交通のシターロ1台が乗務員込みで貸し出された。
導入例
路線バスとしては2008年2月現在、以下の地域で走っている。
- 千葉県千葉市内の京成バス(京成バス船橋営業所茜浜車庫所属)
- 新都心幕張線(幕01(幕張本郷01)系統。幕張本郷駅 - 幕張メッセ・千葉マリンスタジアム間)で運行されている。急行便・各停便ともに使用される。 運行開始から10年が経過し、車両の老朽化のため、今後シターロに置き換えられる予定である。
運転
連接バスは全長が日本の保安基準で定められている12mを越える等の特殊構造のため、道路運送法に基づく国土交通省運輸局の特例措置を受け、使用路線を限定して運行される。走行レーンおよび経路を厳守するという条件で、運転が可能となった。もっとも、非常時の迂回路や、新規路線への投入には、その都度実車による検証と認可が必要となり、運用には依然として制限がある。
連接バスは全長が日本の保安基準で定められている12mを超える、ネオプラン・セントロライナーやメルセデス・ベンツ・シターロは走行用エンジンを後部車両へ搭載し、第三軸を駆動しているため、軸重が日本の保安基準で定められている10tを超過する(例えば、セントロライナーでは第三軸の軸重は11.45tである)ほか、シターロでは全幅も日本の保安基準で定められた2.5mを超える2.55mとなっており、また非常口設置もなされない等、原則は日本国内の公道を走行することは出来ない。そのため、これらの点について道路運送車両法に基づく国土交通省運輸局の基準緩和申請、道路法に基づく国土交通省整備局の特殊車両通行許可申請、及び道路交通法に基づく警察署の制限外許可申請等が必要である。
脚注
- ^ 最後部車両にエンジンを持つものは、後部2軸となっている例(メルセデス・ベンツ・キャパシティなど)がある。
- ^ 【写真】100億ウォン投じた「屈折バス」 4年で消える - 中央日報・2008年11月28日
- ^ "いしかわまちづくりView22号". 2008-01-16 閲覧。
- ^ "『「連節バス」で新潟市が実験』(読売新聞新潟版2008年8月16日付け)]". 2008-08-21 閲覧。
- ^ "『2倍の輸送量「連節バス」好感触 浜松市中区で試乗会』(中日新聞2009年10月11日付け)]". 2009-10-15 閲覧。
関連項目
- 牽引自動車
- トレーラーバス
- 日野・T11B型+T25型トレーラーバス - セミトレーラーバス
- ボルボ・アステローペ - 連節バスと同じシャーシを使用した観光バス
- メガライナー - 大量輸送を目的とした超大型二階建てバス

