日本銀行歴代総裁一覧 |
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速水優
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/09/17 10:54 UTC 版)
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速水 優
はやみ まさる |
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2000年9月24日、IMFの会合にて |
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| 任期 1998年3月20日 – 2003年3月19日 |
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| 前任者 | 松下康雄 |
| 後任者 | 福井俊彦 |
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| 出生 | 1925年3月24日 |
| 死亡 | 2009年5月16日(満84歳没) |
| 国籍 | |
| 子女 | 速水謙(数学者) |
| 母校 | 旧制東京商科大学(一橋大学の前身) |
| 職業 | 銀行家 |
速水 優(はやみ まさる、1925年3月24日 - 2009年5月16日)は日本の銀行家である。称号は名誉法学博士(LLD・聖学院大学)。
日商岩井株式会社社長、社団法人経済同友会代表幹事、学校法人東京女子大学理事長、第28代日本銀行総裁などを歴任した。
目次 |
来歴
兵庫県神戸市出身。東京府立第六中学校(現・東京都立新宿高等学校)卒業後、1942年に東京商科大学予科(現・一橋大学)入学。5ヶ月間の軍務等を経て、1947年9月に東京商科大学を卒業(木村元一ゼミナール)。同年に日本銀行に入行し、主として国際畑中心に地歩を築いていった。同行理事にまで上り詰めた後、1981年に同行を退職。妻の閨閥関係もあって、日商岩井(現・双日)に専務取締役として招かれる。その後、1984年に同社社長、1987年には同社会長に就任。
一連の大蔵省・日銀スキャンダルの責任を負って1998年、当時の日本銀行総裁松下康雄と同副総裁福井俊彦が退任。内閣総理大臣橋本龍太郎から日本銀行の後継総裁としての指名を受け、世間を驚かせた。総裁就任にあたっては保有していた日商岩井株をすべて財団に寄付している。
1998年3月に日銀総裁に就任。同年4月1日に日銀の独立性が強化された改正日本銀行法が施行され、改正日銀法下初の総裁となった。
在任中は日本銀行の独立性を高めることに全力を傾注。新日銀法及び人事権の独立を勝ち取った。1999年2月、ゼロ金利政策を導入。2000年8月、これを解除。2001年に再びゼロ金利政策に復帰した。同年3月からは量的金融緩和政策を実施した。
クリスチャンとして知られ、キリスト教系の国際基督教大学理事、東京女子大学理事長等を務め、日銀総裁退任後の2003年からは学校法人聖学院名誉理事長、聖学院大学全学教授を務めた。同年聖学院大学名誉法学博士(LLD)の称号を受ける。2005年第36回キリスト教文化功労賞顕彰。
1993年から1995年まで運輸省航空審議会委員長、1996年から1998年まで経済企画庁参与。財団法人国際開発センター理事等も歴任。
2009年5月16日、三鷹市の杏林大学医学部付属病院で呼吸不全の為に逝去。84歳没。
人物・評価
日銀時代は外国局を中心に歩み、外国経験も長いいわゆるオールド通貨マフィアのひとりで英語に堪能だった。日商岩井時代については、当時日商岩井はダグラス・グラマン事件の影響を引きずっておりクリーンなイメージを持つ速水によりその影響を払拭したい意図もあったようだが日商岩井時代の彼の経営手腕には今なお疑問の声が多く、同社の凋落を止めることはできなかったとされる。
頑固一徹な性格で、それが金融政策にも表れた。日銀総裁時代におけるデフレ不況に際しては良いデフレであるという認識の下、極めて消極的に金融政策を運営したことに対してはデフレ不況の長期化・深刻化を招いたとの批判を受けた。ただし、速水本人はあくまで通貨が信任を得ることが強い経済の条件と考えていた。
デフレに対する速水の消極的な態度は内外の経済学者から猛烈な批判を浴びた。「不況によって、非効率的な企業が淘汰される」といったヨーゼフ・シュンペーター流の創造的破壊論を援用したことに対しては、不況に際しての創造的破壊論はカバレロとハマーが米国の製造業を対象に行った実証研究によって強い疑問が付されている。FRBの現議長で当時理事のベン・バーナンキが「日銀幹部は1人(中原伸之審議委員)を除いてジャンクだ」と発言しているほか、英エコノミスト誌は「世界で最悪の中央銀行総裁」と評した一方では大胆な量的緩和に踏み切った福井俊彦を最高の総裁と評した。ただし毎日新聞や朝日新聞をはじめとする日本の有力紙では速水のゼロ金利政策解除や良いデフレ論は好意的に報道された。またノーベル経済学賞受賞のポール・クルーグマンは、かつて、日本政府、日本銀行の対応の遅さを非難したが、金融危機以降のアメリカも同様に行動が遅いとして、2008年に、日本だけが悪いわけではなかったと自虐的に謝罪した。
日銀の念願であった旧大蔵省からの独立を果たし任期満了まで総裁職を務めた後、同じく日銀プロパーの福井俊彦に同職を譲ったことについては中央銀行の独立性にこだわり過ぎたあまり政府や経済学者からの提言の全てを「現場介入」と捉え、排除してしまったのではないかという指摘がある。
退任後の2005年に出版された著書「強い円強い日本経済」では輸出産業に対する円安支援、米国の赤字を日本の国債でファイナンスすることに対する疑問を示した上、日本の内需を拡大させるべきことが提言されている。その後2007年にアメリカで生じたサブプライムローン問題に端を発する世界金融危機の中で、麻生太郎総理大臣をはじめとした政府首脳からも、内需拡大の重要性がたびたび強調される事態となった[1]。
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固有名詞の分類
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