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通法寺跡

名称: 通法寺跡
ふりがな つうほうじあと
種別 史跡
種別2:
都道府県 大阪府
市区町村 羽曳野市通法寺御廟
管理団体 羽曳野市(昭31・5・6)
指定年月日 1957.07.01(昭和32.07.01)
指定基準 史3
特別指定年月日
追加指定年月日
解説文: 通法寺は、早く鎌倉時代初頭において源頼義建立伝えられていて「源氏御願」といわれ、尓後或は関東厳重之御祈祷所」、或は源氏氏寺」ともいわれて来た。而してその本堂地下には頼義が埋葬され、その縁辺義家墓所があるとの伝えも古い。寺運に消長あり、天正年間寺中炎上し、江戸時代に入っては、衰微達していたが将軍綱吉の時に至り源氏としての由緒を重んじ、且つ隆光盡力によって再興されることになり、元祿13年11月落慶供養を行った。明治維新後、寺は廃されて石丸神社となったが明治40年壷井八幡神社合祀され、いまは荒蕪地にも近い状況となっている。
寺跡は山の谷と称せられる谷状地の入口に位し、低い丘陵南麓にあって、前面には御廟谷の丘陵がある。旧寺域中いまのこるところは、その西半の主要部であって山門鐘楼建物及び南面する本堂礎石等が遺存し、西端部の観音堂は頼義の墓所といわれているところであるが、いま堂宇撤去され、墓碑立てられている。御廟谷の丘陵上には頼信義家の墓がある。いずれも饅頭状に高く土盛され、頂部には石柵をめぐらしている。
思うに寺跡北方約5町の地には壷井入幡が鎭座し、この壷井一帶河内源氏の據地であったのであるから、盖し通法寺はその信仰中心として建立されたものであり從って本寺跡は河内源氏形成発展して行く様樣相を示すものとして歴史上注目すべきところといわねばならない三代墳墓はその徴証十分とはいえないが寺域関聯あるものとして、且久しく土地伝えられた伝承として、指定地域包含するのである
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