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通川郡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/07/07 08:49 UTC 版)
| 通川郡 | |
|---|---|
| 位置 |
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| 各種表記 | |
| チョソングル: | 통천군 |
| 漢字: | 通川郡 |
| 片仮名: (現地語読み仮名) |
トンチョングン |
| ローマ字転写: | Tongchon kun |
通川郡(トンチョンぐん)は朝鮮民主主義人民共和国の江原道に属する郡。
目次 |
地理
隣接行政区
歴史
前近代
高句麗時代には、休壌郡と習比谷県が置かれた地域である。新羅時代にはそれぞれ金壌郡・習谿県と改称された。
高麗時代に習谿県は歙谷県に、金壌郡は通州にそれぞれ改称された。
朝鮮王朝時代、この地域は江原道観察使の管轄となった。1413年、通州は通川郡に改称された。
近代
1895年、江陵府所属の通州郡・歙谷郡となり(二十三府制)、1896年に2つの郡は江原道に属することとなった。1910年、歙谷郡が通州郡に編入された。
1936年には、庫底港を有する順嶺面が庫底邑に昇格した。1945年8月の時点で、1邑6面(庫底邑、通川面、松田面、鶴一面、歙谷面、碧養面、臨南面)が存在した。
第二次世界大戦後
1952年12月の行政区画統廃合にともない、臨南面を高城郡に、歙谷面の6里を安辺郡に編入。庫底面(庫底邑)・通川面・松田面・鶴一面・碧養面の全域、歙谷面の一部からなる通川郡が再編された(1邑31里)。このとき、庫底港を中心とする地区が通川邑となり、旧通川面の中心集落は旧邑里に改称された。
2003年現在、1邑30里からなる。
交通
東海北部線(金剛山青年線)がこの郡を通過する。
出身者
関連項目
外部リンク
- (朝鮮語) 未収復の江原道 (以北五道委員会)
- (朝鮮語) 中央日報北韓ネット・北韓地名辞典 通川郡
- (朝鮮語) 北韓地域情報ネット・行政区域情報館 通川郡
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