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近鉄680系電車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/09/14 08:03 UTC 版)
近鉄680系電車(きんてつ680けいでんしゃ)とは、近畿日本鉄道(近鉄)が1964年に京都線の特急専用車として旧奈良電気鉄道(奈良電)引継車両を改造した電車の総称である。
本項では、予備特急車として改造された683系電車(683けいでんしゃ)も含めて述べることとする。
前身である奈良電気鉄道デハボ1200形電車、奈良電気鉄道デハボ1350形電車、奈良電気鉄道クハボ600形電車については当該項目を参照のこと。
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- ^ 11400系と同じ東芝製RPU-1103(冷凍能力4,500kcal/h)を各車5基搭載。
- ^ それぞれモ680形とク580形の旧運転台跡に設置された。
- ^ 2,250mmとKD-10より軸距が150mm長いが、これは吊り掛け式の683系用KD-54Aと台車枠部材や設計を極力共通としてコストダウンを図る目的があったと見られる。
- ^ 特に方向転換は行われておらず、原型と同じく橿原神宮前寄りに搭載した。これは、2編成併結時のパンタグラフ隣接に伴う押し上げ力過大への対策という意味合いもあった。
- ^ 元デハボ1100形1102・1103。近鉄での形式はモ670形671・672。
- ^ 実際にも一般車塗装の同車が大型の特急標識を掲げて特急運用に充当される例が本系列の定期検査時や681の事故修理の際などに何回か見られた。
- ^ 1969年の昇圧に際しては主制御器の交換が実施されてABFMから弱め界磁なしで制御段数の少ないABとなり、主電動機の定格出力が本来の設計通りの125kWに向上している。
- ^ 文化財保護がそれほど重視されていなかった時代に、文字通り古墳や寺院などの遺跡の密集地帯を縦断する形で建設されたそのルート選択ゆえに、橿原線では線路改良工事に際しては遺跡調査を特に念入りに行う必要があり、実際にもさまざまな考古学上の成果が得られている。
- ^ 平端駅の配線変更工事が同日に竣工したことにより橿原線と天理線の建築限界拡大工事が完了した。
- ^ これらの装備によりMT比1:1の経済編成で青山峠越えを実現する強力な複電圧車となった。
- ^ 建築限界拡大未了のため、小断面のままながら橿原線の曲線緩和工事の完了で20m級にストレッチされた。
- ^ 大阪万博開催を控えた1970年3月1日に志摩線の改軌・昇圧、鳥羽新線の開業が実現している。
- ^ AMA-RD発電制動併用自動空気ブレーキおよびACA-R自動空気ブレーキ。
- ^ 同じMB-3020系電動機を装架する10100系や10400系は実質的にMT比2:1以上の編成で運用されていた。
- ^ A弁の非常制動以外の機能が有効な状態のHSC-D搭載車との併結は可能であるが、その場合、HSC系ブレーキ本来のセルフラップ弁としての機能が使用できず、また電空同期の問題から電制が機能させられないなど、双方のブレーキ機能の多くを殺すことになる。
- ^ ただし、吊り掛け式電動機を装架するため、トランサムをはじめ台車枠の一部構造が相違する。
- ^ もっとも、近鉄では旧伊勢電からの引継車を含め伝統的に東洋電機製造系の「デッカーシステム」搭載車は冷遇される傾向が強く、結果的にこれが683系のその後の命運を決定することになったともいえる。
- ^ 近鉄難波寄りから順にモ600形 (M'c) ・モ650形 (M) ・サ550形 (T) ・ク500形 (Tc) の4両を1単位とする。
- ^ ただし床のタイル張りとトイレは残され、異彩を放っていた。
- ^ 820系2両編成による急行運用の積み残し対策であったという。なお、この運用ではトイレは鎖錠されていた。
- ^ 後にク502へ改番された。
- 1 近鉄680系電車とは
- 2 近鉄680系電車の概要
- 3 683系
- 4 参考文献
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