ウィキペディア |
近鉄特急
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/31 09:59 UTC 版)
(アーバンライナー から転送)
近鉄特急(きんてつとっきゅう)では、近畿日本鉄道(近鉄)が運行をしている特急列車について記述する。
近鉄では21000系「アーバンライナーplus」・21020系「アーバンライナーnext」、23000系「伊勢志摩ライナー」や26000系「さくらライナー」など、特定の専用車両には車両としての愛称が存在するが、系統上の列車愛称は存在しないため、一括してこの項にて掲載する。
なお、近鉄特急全般の歴史については、「近鉄特急史」を参照のこと。
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
- ^ 名阪甲特急運用の多くは編成として成り立つ最小単位である2両編成での運転となり、それでさえ乗車率が25パーセントに満たないという悲惨な情況を呈した。
- ^ 1970年の日本万国博覧会開催を前にした鳥羽線の建設・開業と志摩線の改軌・昇圧などの施策もこの方針に基づいて実施された。
- ^ 矢継ぎ早に行われる運賃・料金値上げと、利用者無視のスト権ストの断行によって「国鉄離れ」が加速した。
- ^ 近鉄発行の広報誌「ふれあいの窓 おしらせ広場 きんてつ No.78 `87臨時号」1987年2月10日発行の中で、運賃値上げに対する利用者への理解を求める文章内に、特急料金を過疎路線に分配し、長大路線を維持管理する原資に充てている旨の記述がある。
- ^ 発売時間は9:00 - 17:00、購入の際にはインターホンで係員を呼び出す。
- ^ a b c d e f g 平成24年のダイヤ変更について (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2012年1月20日
- ^ a b 近鉄、名古屋―三宮の直通検討 食事サービス強化 - 47NEWS 2012年2月6日 2012年2月18日閲覧
- ^ 日本万国博覧会開催期間中や日本国有鉄道(国鉄)のストライキ時、東海道新幹線のリフレッシュ工事(1974年から1982年に実施)に伴う半日運休時を除く。
- ^ 車両限界が小さかった時代の京都線・橿原線系統と大阪線を直通する京伊特急用に設計された狭幅18m級車体を備える大出力車で、座席が車体幅の制約から転換クロスシートとされたため居住性の点で12000系以降に大きく見劣りし、また定員も少なかった。1973年の橿原線系統車両限界拡張工事完成で、京伊特急には居住性や収容力の点で有利な大阪線・名古屋線用特急車がそのまま充当されるようになっていたため、収容力の小さな本系列は京伊特急から短距離かつ需要の少ない阪奈特急に充当先が振り替えられ、結果的に同じく需要が少なく阪奈特急と共通運用とされた名阪甲特急への充当も実施されたものであった。
- ^ 『決定版 近鉄特急』p.119
- ^ 「決定版 近鉄特急」では「乗客の増加分は出張旅費企業側負担のビジネス客よりも家族連れの行楽客の方が中心であった」とある。
- ^ 1984年11月28日の名古屋線平日ダイヤおよび「決定版 近鉄特急」によると甲特急の3両編成は下り2本/上り1本、5両編成は上り1本で残り12往復は4両編成であった。
- ^ 名阪甲特急運用への充当開始に伴う定数充足のため、5年ぶりに30000系1編成4両が増備された(30115F)。
- ^ 後に一部区間で最高速度が130km/hに引き上げられ、所要時間も更に1分短縮されている。
- ^ もともと近鉄では21000系の成否についてやや悲観的に予想しており、21000系1次車3編成は6両固定編成ではなく需要に応じて4両と2両に分割して運転可能なように編成中間に運転台付きの車両を組み込んであった。
- ^ 4両の甲特急は一般車両使用の際のみ。
- ^ 近鉄時刻表 1988年春・夏号
- ^ 近鉄時刻表 1989年春・夏号
- ^ 同改正では名阪甲特急の間合い運用で名伊甲特急にも1往復のみ21000系が運用されることとなった(近鉄時刻表 1990年春・夏号)。
- ^ 同時期に21000系もリニューアルしてアーバンライナーplusとした。
- ^ 2001年度 - 2005年度の対東海道新幹線との乗客人員のシェアはおおむね新幹線3:近鉄特急1の割合である。
- ^ その後新幹線も1回あたり利用料金が従来の回数券と同額で利用条件が異なる(乗車日1週間前までの発売)「ひかり・こだま自由席用早特きっぷ」として復活させたが、「のぞみ」の自由席が利用できないことに加えて「ひかり」の運行本数が当時より減少していることもあり、利便性の面では低下している。
- ^ 特に名張駅・榛原駅付近からの通勤客は多い。
- ^ 2009年のダイヤ改正で平日のみ大阪難波23:10発大和八木行きが設定されたが、翌年からは名張行きに延長となっている。名張到着は0:04であり、阪奈特急以外では数少ない0時超えの特急である
- ^ 1990年代は鶴橋駅 - 伊勢市駅間や伊勢市駅 - 桜井駅間ノンストップの列車もあった。
- ^ 2009年のダイヤ改正で夜の名古屋発車時刻が繰り下げられ、近鉄名古屋駅を23:15に発車して、津駅には0:04に到着し、阪奈特急以外では数少ない0時超えの特急である。
- ^ 名阪特急は189.7km
- ^ 上り列車については1本が松阪始発、1本が鳥羽始発、残り2本が賢島始発で、下りは4便とも賢島終着となる
- ^ ただし、奈良への観光客の利便を考慮し、土休日についてはほぼ終日1時間間隔で特急が設定されている。
- ^ 大阪阿部野橋駅 - 橿原神宮前駅(一部は吉野駅)間で運転される。
- ^ 名古屋発着列車は構内配線の関係上、天理線への入線はスイッチバック式に転線する必要があるため、平端駅に運転停車する。その影響で、大和八木駅から天理駅まで15キロの道程に対し、所要時間が30分を越える場合もある。
- ^ 近鉄名古屋発07:01、天理発14:38となっていた。
- ^ 近鉄時刻表2012年版より
- ^ これにより1974年から1980年までは近鉄四日市駅 - 近鉄名古屋駅間では名阪乙特急は2時間間隔となる時間帯もあった。
- ^ 名古屋 - 湯の山温泉直通臨時特急運転 (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2008年5月13日
- ^ 納涼特急「湯の山温泉サマーライナー」を運転します (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2009年6月17日
- ^ 「湯の山温泉サマーライナー」を運転します (PDF) - 近畿日本鉄道プレスリリース 2010年6月3日
- ^ 近鉄における乗車券とは普通乗車券・回数乗車券・定期乗車券・団体乗車券のほか、ICカード(PiTaPa・ICOCA)、スルッとKANSAI対応カードをさす。
- ^ E号車は通常は使用されることはない。
- ^ 近鉄時刻表 2011年号 P.18
- ^ 1967年から名阪ノンストップ特急限定で名古屋都ホテル(2000年廃業)が担当するスナックコーナー営業が行われ、電子レンジで温めたカレーライスや中華ランチなどを提供したこともあったが、当時は名阪ノンストップ特急そのものが新幹線に利用者を奪われて凋落傾向にあったこともあり、結局スナックコーナーによる食事の提供は1967年から1975年2月までで中止され、近鉄観光による一般の車内販売に戻った。
- ^ その後2005年にJR北海道でも同様のサービスを実施したが、2007年に中止した。
- ^ 近鉄、新型特急投入へ 客1万人に調査、意見反映 - 中日新聞 2010年1月21日
- ^ 新型観光特急平成25年春デビュー! (PDF, 近畿日本鉄道 2011年7月1日)
- ^ 故障時の救援に備えるために、名古屋線や奈良線系統の一般形車両と編成の向きを揃える必要があることも理由のひとつである。
- ^ 2012年のダイヤ変更まであった阪伊・京伊併結列車は京伊系統の号車をアルファベット表記とし、伊勢志摩寄りをA号車としていた。大和八木以東では4+4両編成の場合、D-C-B-A+4-3-2-1号車の連結順。
- ^ 橿原神宮前・奈良行きの場合、前から1-2-3-4+A-B号車の順。
- ^ 阪神なんば線 近鉄特急乗り入れにハードルも - 神戸新聞 2012年3月4日、同27日閲覧
- ^ 東海地震に関するお知らせ - 近畿日本鉄道
固有名詞の分類
近鉄特急に関連した本
- 近鉄特急伊勢志摩ライナーの罠 西村 京太郎
- 近鉄特急〈上〉 JTBキャンブックス 田淵 仁 JTB
- 近鉄特急〈下〉 JTBキャンブックス 田淵 仁 JTB
近鉄特急に関係した商品