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赤塚不二夫
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/04 12:23 UTC 版)
赤塚 不二夫(あかつか ふじお、本名:赤塚 藤雄、1935年9月14日 - 2008年8月2日)は、日本の漫画家。
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- ^ 現・中華人民共和国北京市密雲縣古北口と河北省承德市灤平県との境界線
- ^ 赤塚不二夫公認サイト これでいいのだ!! パパの質問コーナー・片眼のジャックさんからの質問
- ^ a b c 日本漫画学院 赤塚不二夫インタビュー参考。
- ^ 武居俊樹・著「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!」(文春文庫・2007年、P.69~74)より。
- ^ 2008年8月13日付『しんぶん赤旗』掲載・石子順「赤塚不二夫さんを送る」より。
- ^ a b c Villagecenter赤塚不二夫プロフィール
- ^ トウキョウトラッシュ MEDIA TRASH 赤塚不二夫インタビュー プロフィール
- ^ a b 「これでいいのだ!!赤塚不二夫伝説」(フジテレビ・2008年11月1日放映)[1]参考。
- ^ 2005年・二見書房刊「赤塚不二夫のおコトバ」P.60に「(トキワ荘仲間の中で)オレだけ彼女がいたんだよ。ハンサムだったから」という赤塚の発言が、藤子不二雄Ⓐによって紹介されている。
- ^ 原稿提出日を「今日か明日か」と言うことから「泉鏡花」を連想し、そこをもじって「いずみあすか」となった(石ノ森章太郎 萬画大全集 動画インタビュー 水野英子・丸山昭(元『少女クラブ』編集長)対談(第2回))。
- ^ 3人ともワーグナーが好きだったためドイツ名の「マイヤー」が候補となり、そこにU(ドイツ読みでウー)を付け「うまいやー」となり3人の頭文字(水野のM、石ノ森のI、赤塚のA)になるようにもじって「U・MIA」、表記をカタカナとし「U・マイア」となった(石ノ森章太郎 萬画大全集 動画インタビュー 水野英子・丸山昭(元「少女クラブ」編集長)対談(第2回))。
- ^ INAXサウンドオブマスター くにまる東京歴史探訪
- ^ a b ZAKZAK 2004/09/06 赤塚不二夫さん頑張るのだ!幻の名作を初単行本化
- ^ ただし赤塚は同社の出版部門のみに属し、アニメーション部門にはノータッチであった。文藝別冊 KAWADE夢ムック「総特集 赤塚不二夫 ふしぎだけどほんとうなのだ」(2008年、河出書房新社)P.249より。
- ^ 北島町HOMEPAGE|文化ジャーナル|文化ジャーナル9月号『まんがNo.1』の時代(14)長谷邦夫さん◎インタビュー
- ^ 「これでいいのだ!!赤塚不二夫伝説」(フジテレビ・2008年11月1日放映)[2]参考。左から登茂子・不二夫・眞知子・りえ子の順に並んで座って行った。
- ^ 北島町HOMEPAGE 文化ジャーナル
- ^ 武居俊樹・著「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!」(文春文庫・2007年、P350~351)より。
- ^ 2001年5月5日放送「美と出会う」漫画家 赤塚不二夫~ギャグのココロは愛なのだ~(NHK教育)より。
- ^ [3]にて発売中。未収録のタイトルやエピソード(「少年キング」版『おそ松くん』など)もある。
- ^ ZAKZAK 2006年7月25日 赤塚不二夫さんの妻、眞知子さんがまさかの死
- ^ “漫画家 赤塚不二夫さん死去”. スポーツ報知. (2008年8月2日)
- ^ なぎら健壱FC会報
- ^ ちばてつやのブログ『ぐずてつ日記』
- ^ a b 赤塚さん葬儀委員長は藤子不二雄(A)氏 エキサイトニュース参考。
- ^ ぐずてつ日記 2008年8月2日
- ^ “タモリ、赤塚不二夫さんへコメント「先生、ありがとうございました」”. スポーツ報知. (2008年8月2日)
- ^ 赤塚りえ子 (著) バカボンのパパよりバカなパパ 赤塚不二夫とレレレな家族
- ^ 「藤子不二雄A」 の「A」は正しくは、○で囲んだA(Ⓐ)。
- ^ “ギャグで約8分赤塚弔辞 タモリが明かす真相”. J-CASTニュース. (2008年8月19日)
- ^ タモリさんの弔辞(全文) 赤塚不二夫さん告別式 - 47NEWS
- ^ 赤塚不二夫 (KAWADE夢ムック 文藝別冊)
- ^ 漫画好きで知られる麻生太郎自由民主党幹事長(当時)もコメントした。
- ^ “祝・赤塚生誕75周年。Googleロゴがバカボンバージョン”. コミックナタリー (株式会社ナターシャ). (2010年9月14日)
- ^ コミックパーク特別企画〜赤塚ギャグの合奏者たち
- ^ 武居俊樹・著「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!」(文春文庫・2007年、P244~245)に「オレ、由利徹、尊敬しているの。あの人、ずうっと、くだらないことやり続けてるじゃない」「オレは由利徹で行く。死ぬまでくだらない漫画描き続ける」という、赤塚の発言がある。
- ^ 1989年5月、あるパーティーで川内と初めて会った際、かつて『天才バカボン』の作中で「月光仮面は誰でしょう」の替え歌(「ウナギイヌの歌」」)を川内に無断で作り、載せていたことに関し、赤塚は「勝手に書いてすみませんでした」と頭を下げ、それを受けて川内は「いいよいいよ」と笑って応えた。それ以来、2人の親交は続いたという(2005年・二見書房刊「赤塚不二夫のおコトバ」P.142~143より、川内の証言)。
- ^ 「これでいいのだ!!赤塚不二夫伝説」(フジテレビ・2008年11月1日放映)[4]参考。新宿ゴールデン街でよく2人で飲んでいたとのこと。
- ^ コミックパーク特別企画〜赤塚ギャグの合奏者たち〜
- ^ 1997年・冒険社刊「ギャグにとり憑かれた男―赤塚不二夫との漫画格闘記」、2005年・マガジンハウス刊「赤塚不二夫―天才ニャロメ伝」(共に長谷邦夫著)、2005年・辰巳出版刊「赤塚不二夫でいいのだ!!」で、長谷邦夫、高井研一郎がそれぞれ証言。
- ^ 『漫画家人名事典』271頁
- ^ 『漫画家人名事典』330頁
- ^ 『漫画家人名事典』216頁
- ^ 『漫画家人名事典』414頁
- ^ 『漫画家人名事典』123頁
- ^ 『漫画家人名事典』263頁
- ^ 『漫画家人名事典』248頁
- ^ 『漫画家人名事典』18頁
- ^ 『漫画家人名事典』71頁
- ^ 『漫画家人名事典』128頁
- ^ 『漫画家人名事典』160頁
- ^ 『漫画家人名事典』182頁
- ^ 『漫画家人名事典』273頁
- ^ 『漫画家人名事典』363頁
- ^ [5]
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- これでいいのだ―赤塚不二夫自叙伝 (文春文庫) 赤塚 不二夫 文藝春秋
- 赤塚不二夫のことを書いたのだ!! (文春文庫) 武居 俊樹 文藝春秋
- バカボンのパパよりバカなパパ 赤塚不二夫とレレレな家族 赤塚りえ子 徳間書店
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