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たに-かんじょう ―かんじやう 【谷干城】

たにたてき(谷干城)

たに-たてき 【谷干城】



近代日本人の肖像

国立国会図書館国立国会図書館

谷干城 たに たてき

谷干城の肖像 その1
谷干城の肖像 その2
天保8年2月明治44年5月13日 (1837~1911)

高知生まれ。陸軍軍人、政治家。父は高知藩士。武市瑞山影響のもと、尊王攘夷運動に加わり、薩土の連携尽力大軍監として戊辰戦争従軍明治4年(1871)兵部大丞となり、陸軍大佐任官6年(1873)熊本鎮台司令長官就任翌年佐賀の乱鎮定関わり台湾出兵にも参軍。9年(1876)熊本鎮台司令長官再任西南戦争熊本城死守陸軍士官学校長などを経て17年(1884)に学習院長に就任第1次伊藤内閣農商務相。欧州視察後、政府欧化政策条約改正反対し、大臣辞職23年(1890)貴族院子爵議員三浦梧楼とともに藩閥政治批判を展開し、対外硬唱えた。

キーワード 陸軍軍人, 政治家
号・別称 干城(かんじょう)
著作等(近代デジタルライブラリー収載
  1. 策府. [1], [2] / 小川弘, 旗野十一郎編 ; 山県有朋, 谷干城閲 漆山類治, 明17.2 <YDM51827>
  2. 軍人亀鑑碑 / 成瀬温書 〔出版者不明〕, 明19 <YDM70845>
  3. 谷干城遺稿. [1], [2] / 島内登志衛編 靖献社, 1912 <YDM2183>
  4. 〔谷干城〕意見書出版者不明〕, 〔出版不明〕 <YDM28174>

(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の「近代日本人の肖像」の内容を転載しております掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)


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谷干城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/07/15 13:42 UTC 版)

谷 干城(たに たてき/かんじょう、天保8年2月12日1837年3月18日) - 1911年5月13日)は、幕末から明治にかけて活躍した、土佐藩士軍人政治家。通称は申太郎、守部。号は隈山。第2代学習院院長。東京学士会院会員、後に帝国学士院会員。官位は陸軍中将正二位勲一等子爵




  1. ^ 陸軍少将谷干城を台湾蕃地事務参軍に任じ給へる勅書(明治7年4月6日)が残っている。宮古島民台湾遭難事件 宮国文雄 ISBN 4-89095-097-4
  2. ^ 武士に対しては死罪の場合でも武士の名誉を重んじて切腹が一般的であり、斬首は例外的に行われたにすぎない。まして獄門、つまりさらし首に至っては江戸幕府でも行わなかった。


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