三国志小事典 |
許儀
(?~263) |
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父許褚が亡くなると牟郷侯七百戸を相続した。景元四年(二六三)秋、鎮西将軍鍾会に従って蜀討伐に参加した。許儀は先遣隊として斜谷・駱谷の道路整備を担当したが、橋に穴が開いて、後方の馬が足を踏みはずしたため、鍾会に処刑された。許儀は許褚の子として王室に功績があったが、それでも減免されず、諸軍は震えおののいた《鍾会伝》。 |
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許儀
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/02/04 12:24 UTC 版)
許 儀(きょ ぎ Xu Yi、?-263年)は、三国時代の魏の武将。許褚の子、許綜の父。父と同じく魏に仕えて牟郷侯を相続した。
- 1 許儀とは
- 2 許儀の概要