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かんそう くわんさう 0 【観相】
物語要素事典 |
観相
『入鹿』(幸若舞) 内裏の庭の草とりをして働く鎌足は、只人ならざる非凡の相を有していたため、行事の弁に見出され、文章生に任ぜられる。
『大鏡』「道長伝」 飯室の権僧正の伴僧に観相者がいた。彼は「道隆には天下を取る相があり、道兼には大臣の相があり、伊周には一時的に権勢を得る相がある」 と占ったが、結局「道長こそ、虎の子が奥山の峰を渡るという最高の相があり、誰よりもすぐれ、際限なく栄える」と結論した。
『大鏡』「道長伝」 右衛門督実成は、早くから「顕信には出家の相がある」と言い、顕信が実成の娘に求婚した時も、これを許さなかった。
『大鏡』「昔物語」 高麗の相人が、若き日の夏山繁樹夫妻を見て、「二人長命」と占う。また、藤原時平・仲平を「日本国には過ぎた人」、忠平を「日本国のかため。末長く子孫が繁栄するのは、この殿」と判ずる。さらに、若き日の小野宮実頼が、わざと卑しい恰好をして身分低い者たちの中にいるのを、相人は遠くから見て指さし、「貴臣である」と看破した。
『源氏物語』「桐壺」 光源氏が七歳を過ぎた頃、高麗からすぐれた相人が来朝した。父・桐壺帝は、光源氏が帝の子であることを隠し、右大弁の子のように仕立てて相人の所へ連れて行く。相人は光源氏を見て驚き、「帝王の相があるが、そうなると国が乱れるかもしれぬ。だからといって、摂政関白のような臣下の相とも異なる」と、不思議がった。
『江談抄』第2-25 一条左大臣源雅信がまだ年少の時、平時望が占って「必ず従一位左大臣に至るでしょう。その時、もし縁あらば、我が子孫を挙げ用いて下さい」と言った。雅信は大臣になってからもその言葉を忘れず、時望の孫惟仲に特別の好意を示した。
『江談抄』第2-26 平珍材は、息子惟仲の相を見て「大納言になる相だが、貪りの心のため妨げられるだろうから慎むべし」と占った。後、惟仲は中納言に至り、太宰帥となったが、職務上の失敗により解任された。
『江談抄』第3-23 藤原道明(後に大納言)が妻と同車して市に行った。一人の老女が妻を見て「貴女は必ず大納言の妻になる」と予言し、次に道明を見て「それはこの人の力によるものだろうか」と言った。
『古今著聞集』巻7「術道」第9 野宮左府公継が 幼い時、身をやつして播磨の相人に占わせ、「一の上(左大臣)にいたる人」と言われる。母が「これは侍ほどの者の子」とあざむくと、相人は「大臣の相おわしますものを」といぶかる。
『今昔物語集』巻15-22 相人が、足切りの刑に処せられる盗人を見て「往生すべき相のある者だ」と言い、検非違使は盗人を放免する。盗人は出家し、日夜念仏を唱えて極楽往生する。
『三宝絵詞』中-1 百済から日羅が来朝する。少年聖徳太子が身をやつして童たちにまじって見ていると、日羅は太子を指さして怪しみ、ひざまづき合掌して「敬礼救世観世音」と唱える〔*『今昔物語集』巻11-1などに類話〕。
『信太』(幸若舞) 陸奥の国外の浜で塩焼き童となった信太は、その高貴な姿を塩路の庄司に見出され、彼の養子になり、かしづかれる。
『マホメット伝』(イブン・イスハーク) おじに連れられて来た少年マホメットを見て、占い師が「その子だ」と叫ぶ。おじがマホメットを隠すと、占い師は「あの子にはたしかに何かがある」と言う。
*自らの吉相を見る→〔水鏡〕3の『古今著聞集』巻7「術道」 第9。
★2.死相を見る。
『近世畸人伝』(伴蒿蹊)巻之3「相者龍袋」 中村龍袋はすぐれた観相家で、門人たちの血色を見てその将来を言い当て、外れることがなかった。彼は五十七歳の時、「私には餓死の相がある」と言い、門戸を閉じて絶食し、数日後に死去した〔*このタイプの物語を極端な形にしたのが、→〔予言〕1cの『百喩経』〕。
*→〔手相〕1の『誰がために鐘は鳴る』(ヘミングウェイ)第2章。
*→〔予言〕3の『現代の英雄』(レールモントフ)第2部「運命論者」。
観相に関連した本
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- 観相導引術 早島 正雄 学習研究社
- マーラー―音楽観相学 (叢書・ウニベルシタス) テオドール・W. アドルノ 法政大学出版局
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